易簀[語句情報] » 易簀

「易簀〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

易簀の前後の文節・文章を表示しています。該当する5件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
なわち斯界のオーソリティであったが、六十六歳を一期として胃潰瘍のため吐血し、忽焉易簀《こうえんえきさく》せられたのは惜しみてもなお余りがある。 君は作州津山の....
淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
洋画界の長老|長原止水の如きは最も早くから椿岳を随喜した一人であった。ツイ昨年|易簀した洋画界の羅馬法王たる黒田清輝や好事の聞え高い前の暹羅公使の松方正作の如き....
鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
晰で、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気|旺勃としていた精力家の易簀は希望に輝く青年の死を哀むと同様な限りない恨事である。 (大正十一年七月十六....
三十年前の島田沼南」より 著者:内田魯庵
闘った。が、若い時には相応に折花攀柳の風流に遊んだものだ。その時代の沼南の消息は易簀当時多くの新聞に伝えられた。十年前だった、塚原靖島田三郎合訳と署した代数学だ....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
ので、俄に豪くなって大人びたのでもあろう。 その時代、一番親しくしたは二葉亭の易簀当時|暹羅公使をしていた西源四郎と陸軍大尉で早世した永見松太郎の二人であった....