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「映画監督〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

映画監督の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
映画時代」より 著者:寺田寅彦
ばそうじょう》に逢着《ほうちゃく》した。僧衣にたすき掛けの僧|覚猷《かくゆう》が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろ....
連句雑俎」より 著者:寺田寅彦
の連句」への予想であり希望である。簡単に言えば、将来ここで想像した作曲者あるいは映画監督のようなリーダーがあちらこちらに現われて、そうしてその掌中の材料を自由に....
映画雑感(Ⅰ)」より 著者:寺田寅彦
かに一歩を踏み出したに過ぎないではないかと思われる。聞くところによるとこの有名な映画監督は日本の文化の中の至るところに映画術的要素があるのに、日本の今の映画には....
生ける人形」より 著者:寺田寅彦
させる。これでは観客は全く過度の刺激の負担に堪えられなくなるのである。 巧妙な映画監督は、大写しのなんともない自然な一つの顔を、いわゆるモンタージュによって泣....
映画芸術」より 著者:寺田寅彦
て行く「総合」「取り付け」の仕事がこれからようやく始まる。すなわち芸術家としての映画監督の主要な仕事としてのいわゆるモンタージュの芸術が行なわれるのである。 ....
北氷洋の氷の割れる音」より 著者:寺田寅彦
たちであった。日本のマルキシストなどとはだいぶちがった感じのする人たちであった。映画監督のシュネイデロフ氏はだれも格好な話し相手がなくて、すみのほうの椅子に押し....
空想日録」より 著者:寺田寅彦
甲板の手すりにもたれて銃口をそろえた船員の群れがいる。「まだ打っちゃいけない。」映画監督のシュネイデロフが叫ぶ。銃砲より先にカメラの射撃が始まるのである。白熊は....
日本人の自然観」より 著者:寺田寅彦
せ田畑の輪郭を曲線化し、その高低の水準を細かな段階に刻んでいる。ソビエトロシアの映画監督が「日本」のフィルムを撮って露都で公開したとき、猫の額のような稲田の小区....
恐竜島」より 著者:海野十三
い事業を見つけるつもりらしい。 ケンとダビット。この二人はアメリカ人で、ケンは映画監督、ダビットは撮影技師。この探検のことを聞いて、すばらしい探検記録映画を作....
耳と目」より 著者:寺田寅彦
ぶたの内側へ入れてしまわなければせっかくの技巧が意味をなさないことになる。しかし映画監督がそういう魔術を日常駆使しているのは周知の事実であろう。 トーキー製作....
『出家とその弟子』の追憶」より 著者:倉田百三
君の監督で林君、村田君等が、有楽座で上演したのが最初の上演だった。村田実君(今の映画監督)は青山杉作君の親鸞に唯円を勤めて、自分が監督して京都でやった。後帝劇で....
教育映画について」より 著者:寺田寅彦
得することになる。同時に非常に長い時間と多大な費用を節約し得られるのである。ある映画監督は猫が鼠を捕る光景を撮るために七十時間とそれに相当するフィルムを費やした....
山中常盤双紙」より 著者:寺田寅彦
こぶコマ数の按配、テンポの緩急といったようなものに対する画家の計画には、ちょうど映画監督、編輯者のそれと同様な頭脳のはたらきを必要とすることがわかる。 映画と....
映画と音楽」より 著者:伊丹万作
、いつてむだなことはいわざるにしかず、 「ではなしで行きましよう」 結局日本の映画監督はますます音痴ということになるのである。 映画音楽家の場合、最も必要な....
私の洋画経歴」より 著者:小野佐世男
の魔術が今だにわからぬ。 美術学校時代には、映画芸術を語り、まかりまちがえれば映画監督にならんばかりの意気ごみであり、もっぱら欧洲映画にこり、「キーン」のフラ....