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時習
「時習〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
時習の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、右の冊子を青年のふところに押戻してやりながら、 「今晩、話しに来給え、上平館の
時習室へ話しに来給え」 と言い捨てて、次の職場の方に巡視にまわりました。 この....
「後の業平文治」より 著者:三遊亭円朝
。 猟「それが汝が名けえ、馬鹿に長え名だなア」 女「いゝえ、これは私が子供の
時習いおぼえました古い歌でございます」 猟「やア歌きゃア、そんなら汝え唄え、己....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
て和気のみなぎった家庭だった。君の姉妹たちは室内遊戯に実に詳しい。私は今でもその
時習った、ツウ、ホワイトという手品まがいの遊戯を、三十年後の今日カフエーの女給た....
「山越しの阿弥陀像の画因」より 著者:折口信夫
一つである。而も其間に朝昼夕と三度まで、米を供えて日を拝むとある。(柳田先生、歳
時習俗|語彙)又おなじ語彙に、丹波中郡で社日参りというのは、此日早天に東方に当る....
「二十歳のエチュード」より 著者:原口統三
た時には、いつもこれが道標であったようだ。「新しい」とは僕の詩論においては「学而
時習之」という論語の一句を、まじめに受けとることだったようだ。 僕の少年らしい....
「年中行事覚書」より 著者:柳田国男
答えられないからといって、問題までをしまっておくのはよくないことだと思う。 歳
時習俗語彙という書物は、将来問題になりそうな年中行事の事実を、手の届く限り寄せ集....
「論語とバイブル」より 著者:正宗白鳥
大発明だと恐れ入る訳には行かぬ。論語全篇凡てこんな言で満ちているのである。「学而
時習之不亦悦乎。」という開巻第一の言も仮名でいえば「皆さんは学校で教わった事を家....