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「書残〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

書残の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
真景累ヶ淵」より 著者:三遊亭円朝
入ります、永々《なが/\》お世話様になりました、有難い。という重ね/″\の礼まで書残してあるから、それッというので、麹屋の亭主は大勢の人を頼んで恐々《こわ/″\....
新生」より 著者:島崎藤村
な薬の名なぞをよく知っていて、岸本のために参考に成るような子供の持薬その他を紙に書残して置いて行こうとした。 五十二 朝早く運送屋は荷馬車....
島原の乱」より 著者:菊池寛
ども及ばなかった。悲しい事には、宗矩の言一々的中したのであった。重昌出陣に際して書残したものに、次の如く誌されてあった。 去年の今日は江城に烏帽子の緒をしめ、今....
李陵」より 著者:中島敦
》司馬遷《しばせん》は天漢《てんかん》三年の春に死んだ。そして、そののちに、彼の書残した史をつづける者は、知覚も意識もない一つの書写機械にすぎぬ、――自らそう思....
松と藤芸妓の替紋」より 著者:三遊亭円朝
えないおふみまでも来て子供も死骸に取り縋って泣き出しまする。すると傍の硯箱の上に書残した一封が有ります。これを開いて見ると、 書遺し候我等|一昨年九月四日の夜奧....
明治美人伝」より 著者:長谷川時雨
ストンで客死したとき、財産の全部ともいうほどを、昔日の恋人に残した佳話の持主で、書残されない女である。 三艸子《みさこ》の妹もうつくしい人であったが、尾上《お....
旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
けいせきしんぞう》が六歳のころから明治四年までの見聞を「実見画録」として百五十図書残しおいてくれましたなかから、すこしばかり選び入れました。装幀《そうてい》は烏....
マダム貞奴」より 著者:長谷川時雨
なくなってしまった。それがため、女優第一人者を、誠意をもって誤謬《ごびゅう》なく書残しておこうとしたことが画餅《がべい》になってしまったのを、大変残りおしく思う....
樋口一葉」より 著者:長谷川時雨
ら、すこしばかり恋愛をさがしてみよう。 荒物店《あらものや》を開いた時のことも書残してはならない。 ――夕刻より着類《きるい》三口持ちて本郷いせ屋にゆき、四....
街はふるさと」より 著者:坂口安吾
社へ来て下さるのです。いつとは云えないが、夕方までに必ず行くから、外出中は行先を書残して出るように、と。そんな文面からも、旅先からの便りのような気がします」 ....
P丘の殺人事件」より 著者:松本泰
事でも起ったのではないでしょうか」 ビアトレスの言葉を聞いて、坂口は前夜伯父の書残していった不思議な置手紙を思出した。彼はその事が危く口に出かかったが、気がつ....
平賀源内捕物帳」より 著者:久生十蘭
らない人をここで何時《いつ》までも待っているわけにもいくまいから、ちょっと一と筆書残して行くことにしよう」 源内先生は、矢立と懐紙を取出して筆を走らせているう....
興津弥五右衛門の遺書(初稿)」より 著者:森鴎外
しおり候事に候。 某が相果候|仔細は、子孫にも承知|致させたく候えば、概略左に書残し候。 最早三十余年の昔に相成り候事に候。寛永元年五月|安南船長崎に到着候....
鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
条、実はマダ還暦で、永眠する数日前までも頭脳は明晰で、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気|旺勃としていた精力家の易簀は希望に輝く青年の死を哀むと....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
山家集』の刊行があり、その後、佐佐木信綱博士の『聞書集』の発見、伊藤嘉夫氏の『聞書残集』の発見があったことは、その筋に興味のある人は精しく知っておられるところで....