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「朝服〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

朝服の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
使は昨日アメリカから船で日本へ着いたばかり。 十二月十六日 ◯近衛文麿公、本日朝服毒自殺す。 ◯世田谷名物ボロ市、昨日と今日と開く。今日行ってみたが、人出にぎ....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
賀守も返す言葉がなくて、その懐剣をしりぞけてしまったという。その時、将軍はすでに朝服を着けていた。参内するばかりにしたくができた。麻※を着けた五十人あまりの侍衆....
富貴発跡司志」より 著者:田中貢太郎
ってきた官人を迎えた。前呵後殿、行列の儀衛は一糸も乱れずに入ってきた。紗燈の光は朝服をした端厳な姿の官人を映しだした。 友仁はすぐこれは城隍祠の府君であると思....
連環記」より 著者:幸田露伴
というは、黒漆の革の帯の背部の飾りを、石で造ったものをいうので、衣冠束帯の当時の朝服の帯であり、位階によりて定制があり、紀伊石帯、出雲石帯等があれば、石の形にも....
孔子」より 著者:和辻哲郎
しては、 郷人の飲酒するとき、杖者(老人)出づれば斯ち出づ。郷人の儺するときは、朝服して※階に立つ。 などと記されている。孔子は郷人とともに酒を飲んだのであり、....
三国志」より 著者:吉川英治
て巳の刻に至ると、 「大賓のお車が見えました」と、家僕が内へ報じる。 王允は、朝服をまとって、すぐ門外へ出迎えた。 ――見れば、太師|董卓の車は、戟を持った....
三国志」より 著者:吉川英治
れた。特に一館を彼のために与えて、曹操は礼遇の意を示した。 のみならず、翌日、朝服に改めて参内するにも、玄徳を誘って、ひとつ車に乗って出かけた。 市民は軒ご....