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「東征〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

東征の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
」より 著者:芥川竜之介
やはり推古天皇の三十五年春二月が始めなのであろう。 勿論|貉《むじな》は、神武東征の昔から、日本の山野に棲《す》んでいた。そうして、それが、紀元千二百八十八年....
富士」より 著者:岡本かの子
さをもって、聳えて揺り据っている。今日も鳥が渡っている。 男はそのかみ、神武御東征のとき、偽者《にしもの》土蜘蛛と呼ばれ、来目《くめ》の子等によって征服されて....
乱世」より 著者:菊池寛
ったような風聞が、ひっきりなしに人心を動かした。 桑名は、東海道の要衝である。東征の軍にとっては、第一の目標であった。その上、元治元年の四月に、藩主越中守が京....
碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
鮮の使者を無理に勧説して連れて来たのは天正十八年七月である。折柄秀吉は関東奥羽へ東征中で、聚楽の第に会見したのは十一月七日である。この使が帰国しての報告の中に、....
大宇宙遠征隊」より 著者:海野十三
ジュラルミンの扉がはまっていた。その扉には、薄彫りの彫刻がしてあって、神武天皇御東征の群像が彫りつけてあった。これは、今大宇宙を天がけりいく、われら日本民族の噴....
空襲下の日本」より 著者:海野十三
島群島くらい、大局から見れば何でもない。戦闘員にも非戦闘員にも同じく、神武天皇御東征当時からの崇高な大和魂が、今日もまだ宿っていたことがわかった。狼狽したり、悲....
空襲警報」より 著者:海野十三
チリした身体の男があいづちをうって答えた。 「われわれの先祖が、神武天皇に従って東征にのぼったときからの大和魂ですよ。大和魂は現役軍人だけの持ものじゃない。われ....
武士を夷ということの考」より 著者:喜田貞吉
も、これまたわが邦に適せざるの解なり。わが皇祖皇宗、由来武をもって国を立て、歴朝東征西伐の結果として、この大帝国は成れり。したがって古来決して文をのみ尊み、武を....
炭焼長者譚」より 著者:喜田貞吉
代の貝塚などからもしばしば木炭が発見せられるが、それは多く和炭らしい。神武天皇御東征の際に、大和の土人が墨坂に※し、熊笹を以て鳥の巣にも比すべき名ばかりの家を造....
憑き物系統に関する民族的研究」より 著者:喜田貞吉
民族にも甚だ多いのである。そしてそれは多く先住民の系統に属するもので、神武天皇御東征の時に、大和の土人に猪祝・居勢祝などという土蜘蛛がいたとあるのもこれである。....
手長と足長」より 著者:喜田貞吉
夫としたというのも、水に住む漁夫がこの役を勤めた習慣を示している。ことに日本武尊東征の際の膳夫は七掬脛だとある。八掬脛よりはやや短いが、これは百里に足らぬ九十九....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
中より出でたる結果にあらずして、ヤソ教外より発したる影響なり。すなわち、十字軍の東征よりアメリカ発見、インド洋航海等のこと起こり、欧州の人民ただちにアラビア、イ....
古事記」より 著者:太安万侶
ヒの命は母の國として海原におはいりになりました。 古事記 中の卷 一、神武天皇東征 ――日向から發して大和にはいろうとして失敗することを語る。速吸の門の物....
特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
堂々と戦争していることは、極めて少いと云ってよろしい。大抵は欺討です。神武天皇御東征の時には、忍坂の邑に酒宴を催して敵を誘い、道臣命の合図で一挙にこれを皆殺しに....
牛捨場馬捨場」より 著者:喜田貞吉
言うまでもなく我が国においても太古は牛馬の肉を食用としたものであった。神武天皇御東征の時に、大和の土人|弟猾は生酒を以て皇軍を饗したと「日本書紀」にある。牛肉を....