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「松平忠〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

松平忠の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
長篠合戦」より 著者:菊池寛
先陣は大久保|忠世兄弟、本多忠勝、榊原康政承り、右翼の軍には石川数正、酒井忠次、松平忠次、菅沼定利、大須賀康高、本多忠次、酒井|正親等あり、総勢八千である。信長....
島原の乱」より 著者:菊池寛
次九間島原藩、次に十九間久留米藩、次百九十三間佐賀藩、次四十間唐津藩、次三百間は松平忠之兄弟、長蛇の陣はひしひしと原城をとり囲んだのである。信綱、氏鉄並に、板倉....
大阪夏之陣」より 著者:菊池寛
かしめ、岡山口の先陣を前田利常、天王寺口のそれを本多|忠朝に定む。然るに悍勇なる松平忠直は、自ら先登を企てた。前日、家康に叱られて、カッとなっているのである。「....
真田幸村」より 著者:菊池寛
て来て、今朝のと旗の色変りたるもの、人衆二万ほど竜田越に押下り候、と告げた。これ松平忠輝が軍兵であった。幸村|虚睡りしていたが、目を開き「よしよし、いか程にも踰....
小坂部姫」より 著者:岡本綺堂
れもようやく鎮まると、あくる寛永十六年に姫路の城主本多政朝は因州鳥取に移されて、松平忠明が代って姫路に入城することになった。忠明がそのおん礼として江戸に登城する....
小坂部伝説」より 著者:岡本綺堂
徳川時代になってからも、ここの城主はたびたび代っている。池田の次に本多忠政、次は松平忠明、次は松平直基、次は松平忠次、次は榊原政房、次は松平直矩、次は本多政武、....