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「桜川〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

桜川の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
私の履歴書」より 著者:井上貞治郎
きた。大阪へ帰ったものの、私たちはまず食わねばならなかった。とにかく幸町一丁目の桜川の川っぷちにささやかな家を構えたが、お雪と一つのパンを分け合って食べる貧しさ....
江戸の化物」より 著者:岡本綺堂
ので、まったくかわうそだったのだろうと、他に語ったそうです。 芝の愛宕山の下〔桜川の大溝〕などでも、よくかわうそが出たということです。 それは多く雨の夜なの....
月の夜がたり」より 著者:岡本綺堂
第二は十五夜――これは短い話で、今からおよそ二十年ほど前だと覚えている。芝の桜川町付近が市区改正で取拡げられることになって、居住者は或る期間にみな立退いた。....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
きい溝川《どぶがわ》のようなところにはきっと河獺が棲んでいたもので、現に愛宕下の桜川、あんなところにも巣を作っていて、ときどきに人を嚇《おど》かしたりしたもんで....
赤格子九郎右衛門の娘」より 著者:国枝史郎
なされたご様子。決してご心配には及びませぬ。心は案外正直でござんす。……実は難波桜川で、はじめてのお客を引きましたところ、わたしの初心の様子を見て、かえって不心....
敵討札所の霊験」より 著者:三遊亭円朝
から其の修行者は剣術も心得て居るだろうから当家へ抱えろという事になって、これまで桜川の庵室に居ったから苗字を櫻川と云って五十石にお抱えに成ったが、知慧もあり剣術....
梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
の壮挙を援けたい意味であったろう。その曲目は左の通りであった。 柏崎、三井寺、桜川、弱法師、葵上、景清、忠度(囃子)、鵜飼、遊行柳(囃子) 野中氏は感激して....
小説 不如帰 」より 著者:徳冨蘆花
にての財産家なるがゆえなりという者あれど、そはあまりに酷なる評なるべし。本宅を芝桜川町に構えて、別荘を橋場の渡しのほとりに持ち、昔は高利も貸しけるが、今はもっぱ....
葛飾土産」より 著者:永井荷風
いまち》下を流れし弦巻川《つるまきがわ》。 芝区内では○愛宕下《あたごした》の桜川また宇田川○芝橋かかりし入堀(これは震災前埋立) 赤坂区内では○溜池《ため....
日和下駄」より 著者:永井荷風
し》下谷《したや》浅草《あさくさ》等市中繁華の町に通ずる純然たる運河、第五は芝の桜川《さくらがわ》、根津《ねず》の藍染川《あいそめがわ》、麻布の古川《ふるかわ》....
円朝花火」より 著者:正岡容
茶けていた。 ――これから招ばれて行く馬越様とは、実業界にときめく馬越恭平が芝桜川の邸宅では、今夜川田小一郎、渋沢栄一などときの紳商に圓朝をまじえた人たちが、....
細木香以」より 著者:森鴎外
久喜万字屋の明石と云うお職であった。 竜池が遊ぶ時の取巻は深川の遊民であった。桜川由次郎、鳥羽屋小三次、十寸見和十、乾坤坊良斎、岩窪北渓、尾の丸|小兼、竹内、....
渋江抽斎」より 著者:森鴎外
造の人々は社友であった。次で八月に保は攻玉社の教員を罷めた。九月一日には家を芝|桜川町十八番地に移した。 脩はこの年十二月に工部技手を罷めた。 水木はこの年....
日本の伝説」より 著者:柳田国男
村上八田組……………………………………………………しわぶき婆の石 滋賀県 蒲生郡桜川村川合……………………………………………………………麻蒔かず 栗太郡笠縫村川....
野草雑記・野鳥雑記」より 著者:柳田国男
んであるくのも妙だが、この話は決して突如として始まったものではなかった。隅田川・桜川・柏崎・三井寺等の十数篇の謡曲を始めとして、近くは駿州の姥ヶ池、下野足利の水....