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梓川
「梓川〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
梓川の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「河童」より 著者:芥川竜之介
ど》から穂高山《ほたかやま》へ登ろうとしました。穂高山へ登るのには御承知のとおり
梓川《あずさがわ》をさかのぼるほかはありません。僕は前に穂高山はもちろん、槍《や....
「梓川の上流」より 著者:小島烏水
その他名のない沢を合せたら幾十筋あるかも知れぬが、それが絡み合って本流になるのが
梓川だ、その本流というのが、幅濶《はばびろ》の二筋三筋に別れ、川と川との間には、....
「上高地風景保護論」より 著者:小島烏水
有している。 我が日本アルプスでも、上高地は、私が明治三十五年に、白骨温泉から
梓川を渉《わた》って、霞沢岳を踰《こ》え、この峡谷に下りて、槍ヶ岳へ登ったときは....
「日本山岳景の特色」より 著者:小島烏水
属し、乗鞍岳の尾根つづきに当る)があって、硫黄岳(別名焼岳)の一峰、白谷火山は、
梓川の断層地に、割谷火山は、花崗岩と秩父古生層の接触線に沿うて、いずれも噴出を始....
「単独行」より 著者:加藤文太郎
大天井―鷲羽登山 五月二十八日、午前〇時三十九分私は山陰線|八鹿駅に下車し兵庫
梓川を七里余も上って福定という村へ着いた。兵庫槍は前に大きく聳えて頂きにはなお雪....
「姉川合戦」より 著者:菊池寛
朝倉対徳川戦 姉川は、琵琶湖の東北、近江の北境に在る金糞岳に発した
梓川が伊吹山の西に至って西に折れて流るる辺りを姉川と称する。尚西流して長浜の北で....
「黄鳥の嘆き」より 著者:甲賀三郎
地で浮かれていた時とは、えらい違いだす。 和武の登った路は、島々ちゅう所から、
梓川ちゅう川に沿うて、野麦街道から奈川渡に出て、そこから、大野川に行って、山にか....
「谷より峰へ峰より谷へ」より 著者:小島烏水
岳の最南峰に登り、各峰を縦走して、二十一日の来路と合し、降路は下宮川谷に入りて、
梓川に下り、上高地温泉に帰宿。 二十六日 上高地温泉を発足、徳本峠を越え、島々を....
「山と雪の日記」より 著者:板倉勝宣
夏の日記 大正池 峰々の谷に抱かれた雪の滴を集めて流れて、
梓川は細長い上高地の平原を、焼岳の麓まできた時に、神の香炉から流れ出たラヴァはた....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
十四・三三五二〕 東歌 「すがの荒野」を地名とすると、和名鈔の筑摩郡|苧賀郷で、
梓川と楢井川との間の曠野だとする説(地名辞書)が有力だが、他にも説があって一定し....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
、信濃側の信仰からみると、この氏族がヒダから山越えした最初はむしろ穂高で、穂高を
梓川まで下ッた現在の穂高神社の地がこの氏族の信濃開拓の交通要所、重大な分岐点をな....
「智恵子の半生」より 著者:高村光太郎
の特色があり、大成すれば面白かろうと思った。私は穂高、明神、焼岳、霞沢、六百岳、
梓川と触目を悉く画いた。彼女は其の時私の画いた自画像の一枚を後年|病臥中でも見て....
「雪代山女魚」より 著者:佐藤垢石
にある静岡県の養鱒場は、釣り人の一度は視察しておくべきところであろう。 信州の
梓川は、岩魚の釣り場としてあまりにも有名である。それだけに四、五年前に比べると、....
「穂高岳槍ヶ岳縦走記」より 著者:鵜殿正雄
ためにとて、特に案内者一名を傭い、午前の四時、まだ昧いうち、提灯を便りての出発。
梓川の右岸に沿い、数丁登って河童橋を渡り、坦道を一里ばかり行くと、徳合の小屋、左....
「黒部川奥の山旅」より 著者:木暮理太郎
、槍穂高の連嶂と常念山脈とが、北に向っては黒部及高瀬の二峡谷を擁し、南に向っては
梓川の深谷を抱いて、殆ど相並行して洪濤の捲き起るが如き長大なる山脈を縦観するとこ....