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樺太
「樺太〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
樺太の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
よる死者二十六万人(うち原子爆弾死者九万人)負傷四十万人。罹災者九百万人。これは
樺太、台湾を除く人口の六分の一に当たる。都市戦災八十市、うち大半焼失せるもの四十....
「一坪館」より 著者:海野十三
「そうそう、おかみさん、これからどうなさいます」 「わたしゃね、これから弟のいる
樺太へ帰ろうと思う。すまないけれど源ちゃん、この車で、上野駅まで送っておくれなね....
「地球要塞」より 著者:海野十三
ているのが、よくわかった。 「はい。上陸地点が、どこにも見つからないのです。北は
樺太《からふと》までいきましたし、南は海南島から小笠原あたりまでいってみました。....
「大空魔艦」より 著者:海野十三
まの大戦争は北極を中心として、シベリヤ、アラスカ、カムチャツカなどという、日本の
樺太や北海道よりもずっと北の方へひろがるだろうといってたぜ」 「どうしてそんなと....
「空襲下の日本」より 著者:海野十三
今日のところは、それだけ。この上お金が出来てくれば、青森の附近にも、北海道にも、
樺太にも、或いは千島にも、航空隊を作りたいのだが……。兎に角、覘われるのは、政治....
「流線間諜」より 著者:海野十三
った。すると、果然あった、あった。ラザレフ岬にボゴビ町! ボゴビ町というのは、北
樺太の西岸にある小さな町の名だった。ラザレフ岬というのは、間宮海峡をへだてて其の....
「私の活動写真傍観史」より 著者:伊丹万作
私は知能の発育がよほど遅れたようであつた。中学を終えると、すぐに私は家庭の事情で
樺太へ行かねばならなくなつた。 その途次東京に寄つたとき、浅草の電気館で「赤輪....
「火の扉」より 著者:岸田国士
かけた。 「あたくしたち? ワッカナイですの、北海道の果ですわ」 「わたしたち、
樺太からやつと引揚げたばかりなんですけれど、また、行けるようになつたら行こうと思....
「北斗帖」より 著者:違星北斗
慣れた此の頃 よく云えば世渡り上手になって来た 悪くは云えぬ俺の悲しさ 此の次は
樺太視察に行くんだよ そう思っては海を見わたす 世の中にガッチャキ病はあるものを....
「晩春」より 著者:岡本かの子
て裏の堀の縁へ降りて行った。 材木堀が家を南横から東後へと取巻いて、東北地方や
樺太あたりから運ばれて来た木材をぎっしり浮べている。鈴子は、しゃがんで堀の縁と木....
「沼畔小話集」より 著者:犬田卯
うので、もはやそれを知るところでは雇い手がなかったのであった。幼い時から村を出て
樺太から九州の端までほっつき歩いた「風来坊」――村人の表現――で彼はあったのだ。....
「南半球五万哩」より 著者:井上円了
、御詔勅の聖旨にもとづき、修身道徳の大要を演述し、その開会の場所は、琉球、台湾、
樺太、朝鮮、小笠原までを合わせ、八十七国、一千五百七十九市町村に達し申し候。なお....
「押しかけ女房」より 著者:伊藤永之介
う先手を打つていると聞いて、源治は顔をかげらせた。源太郎の家では、長男が早くから
樺太に渡つて向うで世帯を持ち、次男は出征、三男の源三郎が田圃を仕付けていたが、つ....
「浅沼稲次郎の三つの代表的演説」より 著者:浅沼稲次郎
展途上に領有いたしました領土は、それぞれその国に帰すことはやむを得ぬとするも、南
樺太、千島の領土権を失い、歯舞、色丹島は、北海道の行政区にあるにもかかわらず、ソ....
「「エタ」名義考」より 著者:喜田貞吉
をオロッコの種族名なるエッタに持って行ってみてはどうかと思う。 オロッコは今は
樺太島に居る少数の住民たるに過ぎないが、自分は彼らがかつて北海道本島にも住んでい....