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「橋畔〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

橋畔の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
新生」より 著者:島崎藤村
と呼んでよくその児は走り寄って来た。その児は彼が外出する度に立寄っては腰掛ける橋畔の小さな珈琲店《コーヒーてん》の一人|子息《むすこ》であった。 ヴィエンヌ....
深夜の市長」より 著者:海野十三
元的である点については、沙漠に埋れている廃都などとは比すべくもない。…… 僕は橋畔を離れて、こんどは広い大通りを柳島の方へブラブラと歩みはじめた。幅員が三十三....
楢重雑筆」より 著者:小出楢重
洋館があります。木造で美しい鎧窓が見えます。これは一昨年国枝君が二科へ出した、S橋畔という画に描き込まれてあったものです。これがまた愛すべきもので私はよくこの浜....
関牧塲創業記事」より 著者:関寛
、寛は帰塲せり。 八月、土人イコサックル我牧塲内の熊害を防ぐ為めに居ると定めて、橋畔に小屋をかける。 三日、馬、熊害にかかる。 十五日、又一動員令下るの報あり。....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
が、ついでに京都も見たいという者があるので、伏見から道を転じて京都へ入って、三条橋畔の宿屋へ投じた。その翌日は祇園、清水、智恩院大仏、東福寺等を見物した。その頃....
原爆詩集」より 著者:峠三吉
警官が 馳けよってくる 一九五〇年の八月六日 平和式典が禁止され 夜の町角 暁の橋畔に 立哨の警官がうごめいて 今日を迎えた広島の 街の真中 八丁堀交差点 Fデ....
異質触媒作用」より 著者:寺田寅彦
二枚の鏡を使って日光を井底に送り、易々と引上げに成功したこともあった。 日本橋橋畔のへリオトロープは単なる子供のいたずらであったであろうが、同じようなのでただ....
初冬の日記から」より 著者:寺田寅彦
夜の街をただ一人こうして行方も知らず走っているような気がして来た。 とある河の橋畔に出ると大きなビルディングが両岸に聳え立って、そのあるものには窓という窓に明....
柳営秘録かつえ蔵」より 著者:国枝史郎
之丞が、鬼小僧と邂逅した同じ夜の、同じ時刻のことであった。 10 一方|吾妻橋橋畔の、三之丞と鬼小僧とはどうしたろう? 三之丞は地の上へ坐っていた。 鬼小....
四国遍路日記」より 著者:種田山頭火
だきいただいてまいにちの旅 “自適集” 十一月八日 晴――曇、行乞六里、伊尾木橋畔、日の出屋で。 五時前に眼が覚めた、満天の星のひかりである、家人の起きるまで....
子規居士と余」より 著者:高浜虚子
文章を書いて見たりした。碧梧桐君も同じような事をしていた。日暮になると二人は広瀬橋畔に出て川を隔てて対岸の淋しい灯火を見ることを日課にしていた。その灯火をじっと....
星の劇場」より 著者:織田作之助
プラネタリュウムを想いだした……」と戦地の友人から便りがあったので、周章てて四ッ橋畔の電気科学館へ行き六階の劇場ではじめてプラネタリュウムを見た。 感激した。....
放水路」より 著者:永井荷風
隅田川《すみだがわ》の両岸は、千住《せんじゅ》から永代《えいたい》の橋畔《きょうはん》に至るまで、今はいずこも散策の興を催すには適しなくなった。やむ....
特殊部落の人口増殖」より 著者:喜田貞吉
近江屋伊兵衛の抱え女ちよを妻として、エタに落したというのが不届きだとあって、三条橋畔に三日間晒した上、追放せられたという事実もある。この処刑の反面には、処刑され....
日本橋附近」より 著者:田山花袋
治の初年の文化にほうふつとしているのを思い出したが、実際、その時分には、日本橋の橋畔あたりの賑いもそれと少しも違うところはなかったのである。そこには種々な食物の....