此の[語句情報] » 此の

「此の〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

此のの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
浜菊」より 著者:伊藤左千夫
か畑か判らぬところ五六丁を過ぎ、薄暗い町を三十分程走って、車屋は車を緩めた。 「此の辺が四ッ谷町でござりますが」 「そうか、おれも実は二度ばかり来た家だがな、こ....
姪子」より 著者:伊藤左千夫
ど簡単な挨拶にも実意が見える、人間は本気になると、親身の者をなつかしがるものだ、此の調子なら利助もえい男だと思っておれも嬉しかった、お町は何か思いついたように夫....
守の家」より 著者:伊藤左千夫
お松も家を出て来る時には、一晩泊るつもりで来たものの、来て見ての様子で見ると、此の上一晩泊ったら、愈《いよいよ》別れにくくなると気づいて、おそくも帰ろうとした....
かんかん虫」より 著者:有島武郎
厭な気になるが、其の眼には確かに強く人を牽きつける力を籠めて居る。「豹の眼だ」と此の時も思ったのである。 私が向き直ると、ヤコフ・イリイッチは一寸苦がい顔をし....
ある男の堕落」より 著者:伊藤野枝
なって、彼は鍛冶屋を止めました。そしてその印刷費の幾分を広告によろうとしました。此の広告集めは、彼の持っている一面の危険性を知っているOには一つの憂慮の種でした....
白金之絵図」より 著者:泉鏡花
のごとき崖である。 富士見の台なる、茶枳尼天の広前で、いまお町が立った背後に、此の一廓、富士見稲荷鎮守の地につき、家々の畜犬堅く無用たるべきもの也。地主。 ....
元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」より 著者:井原西鶴
どだ。それだのに母親の目から見れば昔の伊勢小町紫の抱帯、前から見ても後から見ても此の上ない様子だと思ってホクホク物で居るのも可笑しい。これでさえもこれほどなんだ....
北斗帖」より 著者:違星北斗
む毎に 切に苦しき我が思かな 今時のアイヌは純でなくなった 憧憬のコタンに悔ゆる此の頃 アイヌとして生きて死にたい願もて アイヌ絵を描く淋しい心 天地に伸びよ ....
茶の湯の手帳」より 著者:伊藤左千夫
是には過ぎない、それが一般の風習と聞いては予は其美風に感嘆せざるを得ない、始めて此の如き美風を起せる人は如何なる大聖なりしか、勿論民族の良質に基くもの多からんも....
夢の如く出現した彼」より 著者:青柳喜兵衛
に足の踏場もなかったとは次兵衛がよく話していた。あの長篇快作『ドグラ・マグラ』も此の頃から書き始められたのではあるまいか。 久作さんは又非常な情熱家であった。....
葛飾砂子」より 著者:泉鏡花
ら背後へ草書をまわして、 此処寛政三年波あれの時、家流れ人死するもの少からず、此の後高波の変はかりがたく、溺死の難なしというべからず、是に寄りて西入船町を限り....
まあまあ居士の弁」より 著者:浅沼稲次郎
その中に六月五日に所謂暁の手入というのがあって第一次共産党事件の検挙が行われた。此の時には佐野教授が姿を晦ましてしまったので、学生のおどろきは相当なものがあった....
大利根の大物釣」より 著者:石井研堂
りましたので、何事も無くて済みましたが、お客を預かってて、若しもの事でも有れば、此の松吉の顔が立ちませんから、ちと心配しましたよ。ただ、何の事は無い、「素人で左....
雨の宿」より 著者:岩本素白
ある。 以前この土地に親類のあった私は、宿屋に就いてはまるで知識をもたないが、此の家は他の多くの旅館の如く、すぐ賑かな大通りに面した入口に、大勢並んで靴の紐を....
茸をたずねる」より 著者:飯田蛇笏
鞋のあとは、幾山雨のため数箇月の後には平らめにならされ、軈てまた新たなる蟻の塔が此の無人の境に建設されてゆく。 峰頂を踏んで、躑躅や山吹、茨などの灌木の間を縫....