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武蔵
「武蔵〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
武蔵の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「日光小品」より 著者:芥川竜之介
、ひとりで、高原を貫いた、日光|街道《かいどう》に出る小さな路をたどって行った。
武蔵野《むさしの》ではまだ百舌鳥《もず》がなき、鵯《ひよどり》がなき、畑の玉蜀黍....
「大川の水」より 著者:芥川竜之介
の石崖《いしがけ》を洗ってゆく。班女《はんじょ》といい、業平《なりひら》という、
武蔵野《むさしの》の昔は知らず、遠くは多くの江戸|浄瑠璃《じょうるり》作者、近く....
「侏儒の言葉」より 著者:芥川竜之介
、実は己ほど強いものの余り天下にいないことを発見する為にするものだった。――宮本
武蔵伝読後。
ユウゴオ
全フランスを蔽《おお》う一片のパン。しかもバ....
「手紙」より 著者:芥川竜之介
六日前の午後のことです。僕はやはり木枕をしたまま、厚い渋紙の表紙をかけた「大久保
武蔵鐙《おおくぼむさしあぶみ》」を読んでいました。するとそこへ襖《ふすま》をあけ....
「或る女」より 著者:有島武郎
》の香《にお》いまでがそこいらに漂っているようだった。国分寺《こくぶんじ》跡の、
武蔵野《むさしの》の一角らしい櫟《くぬぎ》の林も現われた。すっかり少女のような無....
「草迷宮」より 著者:泉鏡花
りを打つのである。 右から左へ、わずかに瞳を動かすさえ、杜若咲く八ツ橋と、月の
武蔵野ほどに趣が激変して、浦には白帆の鴎が舞い、沖を黒煙の竜が奔る。 これだけ....
「唄立山心中一曲」より 著者:泉鏡花
た、皺びた店で、榾同然の鰊に、山家|片鄙はお極りの石斑魚の煮浸、衣川で噛しばった
武蔵坊弁慶の奥歯のようなやつをせせりながら、店前で、やた一きめていた処でございま....
「菎蒻本」より 著者:泉鏡花
の裏打をしたように、横店の電燈が映る、暖簾をさらりと、肩で分けた。よしこことても
武蔵野の草に花咲く名所とて、廂の霜も薄化粧、夜半の凄さも狐火に溶けて、情の露とな....
「白金之絵図」より 著者:泉鏡花
緑青色の鳶の舞う聖心女学院、西暦を算して紀元幾千年めかに相当する時、その一部分が
武蔵野の丘に開いた新開の町の一部分に接触するのは、ただここばかりかも知れぬ。外廓....
「南地心中」より 著者:泉鏡花
、宮の方へ徐々帰った。その状が、人間界へ立帰るごとくに見えた。 池は小さくて、
武蔵野の埴生の小屋が今あらば、その潦ばかりだけれども、深翠に萌黄を累ねた、水の古....
「薄紅梅」より 著者:泉鏡花
一 麹町九段――中坂は、
武蔵鐙、江戸砂子、惣鹿子等によれば、いや、そんな事はどうでもいい。このあたりこそ....
「怨霊借用」より 著者:泉鏡花
する蝮の尾のように、かもじの尖ばかりが、ぶらぶらと下っていた。 帰りがけには、
武蔵坊も、緋縅も、雁がねも、一所に床屋の店に見た。が、雁がねの臆面なく白粉を塗り....
「東京に生れて」より 著者:芥川竜之介
郊外は嫌ひである。嫌ひな理由の第一は、妙に宿場じみ、新開地じみた町の感じや、所謂
武蔵野が見えたりして、安直なセンチメンタリズムが厭なのである。さういふものゝ僕の....
「瓜の涙」より 著者:泉鏡花
の大名なり、鎌倉|殿より仰は蒙らねども、内々用心して判官殿を待奉るとぞ聞えける。
武蔵坊申しけるは、君はこれより宮の越へ渡らせおわしませ―― とある……金石の港で....
「活人形」より 著者:泉鏡花
たそうで、もう懲々して、誰も手出しは致しません、何と、短銃では、岩見重太郎宮本の
武蔵でも叶いますまい。と渋茶を一杯。舌を濡して言を継ぎ、「串戯はさて置き、まだま....