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「水道橋〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

水道橋の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
又蔵は定紋付きの提灯をふり照らして先に立った。三人の草履は暁の霜を踏んで行った。水道橋を渡っても、冬の夜はまだ明けなかった。蒼ざめた星が黒い松の上に凍り着いたよ....
仇討禁止令」より 著者:菊池寛
上京して来た。新一郎とも遠縁であったし、成田の家とも遠縁であった。 新一郎が、水道橋の旧藩主の邸へ久しぶりに御機嫌伺いに行くと、そこで伊織と偶然会った。 「や....
婦系図」より 著者:泉鏡花
したが、慌ててまた先へ出て、 「お車を申しましょうか。」 とそわそわする。 「水道橋まで歩行くが可い。ああ、酔醒めだ。」と、衣紋を揺って、ぐっと袖口へ突込んだ....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
。エム一三」 (例の事件につき、至急、赤外線写真撮影を頼む。撮影範囲は、聖橋より水道橋に至る外濠沿岸一帯。行動に注意あれ。M13) 「これは容易ならぬ通信ですね....
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
かなかったとみえて、夏から秋にかけては高い草むらが到るところに見いだされた。北は水道橋に沿うた高い堤で、大樹が生い茂っていた。その堤の松には首縊りの松などという....
支倉事件」より 著者:甲賀三郎
、一度支倉の留守宅を訪ねて、彼の妻に会って問い質して見ようと云う気になった。彼は水道橋駅から省線電車に乗り込んだ。 支倉の家は相変らずしーんとしていた。十日許....
薄紅梅」より 著者:泉鏡花
てない。辻俥の蹴込へ、ドンと積んで、山塞の中坂を乗下ろし、三崎|町の原を切って、水道橋から壱岐殿坂へ、ありゃありゃと、俥夫と矢声を合わせ、切通あたりになると、社....
寄席と芝居と」より 著者:岡本綺堂
。 私は先月の半札を持参したから、木戸銭は三銭。弁当は携帯の食パン二銭、帰途に水道橋ぎわの氷屋で氷水一杯一銭。あわせて六銭の費用で、午前八時から午後五時頃まで....
我が人生観」より 著者:坂口安吾
たが、七月の終りごろだったか、ちょうどお休みの日、私が用事があって銀座に出ようと水道橋まで来ましたところ、後から追っかけて来られ、ちょッと話があると横道に呼ばれ....
アラメダより」より 著者:沖野岩三郎
って来ない。どうしたのかと問い合わると『来たついでに歯科の方を研究して帰る。只今水道橋の東京歯科医専に入学している。』との返事。此の変り者の夫人もまた変り者であ....
鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
から高崎屋まで、いくらの里程と数えたと聞きました。 白山上は団子坂から来た道、水道橋から来た道、高崎屋の方から来た道と、三つが一緒になって板橋へ延びています。....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
れた。その当時十四、五歳のわたしは、道連れもなしにその暗い寂しい草原を横ぎって、水道橋から本郷へのぼってゆくと、お茶の水の堤には狐の声がきこえた。わたしは小さい....
三崎町の原」より 著者:岡本綺堂
届かなかったとみえて、夏から秋にかけては高い草むらが到るところに見出された。北は水道橋に沿うた高い堤で、大樹が生い茂っていた。その堤の松には首縊りの松などという....
遁走」より 著者:葛西善蔵
ら分らないだろうがね、あの洲崎で君が天水桶へ踏みこんで濡鼠になった晩さ、……途中水道橋で乗替えの時だよ、僕はあそこの停留場のとこで君の肩につかまって、ほんとにお....
フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
鴻の巣で賞美した金粉酒のちらちら、植物園の茴香の花、大蒜の花、銅版画は司馬江漢の水道橋の新緑、その紅と金、小林清親の横浜何番館、そうして私たちの「パンの会」、永....