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江都
「江都〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
江都の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「法窓夜話」より 著者:穂積陳重
の文を左に記そう。 天保|己亥《きがい》、春予以二所レ摂金穀之事一、奔二命於
江都一、寓二龍口上邸中一、一日奉レ謁二 君公一、啓二我所レ職封内民事一、乃 君公....
「雪之丞変化」より 著者:三上於菟吉
う》の一隅に寵《ちょう》を得、世ばなれた身ながら、隠然《いんぜん》として権力を、
江都に張っていたのであった。
「ははあ、さようでござりますか、――それは何よりの....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
述ぶる所もほぼ同前だが、これ犬の代りに猫としある。 熊楠いわく、馬文耕の『近世
江都著聞集』四に、京町三浦の傾城《けいせい》薄雲|厠《かわや》へ往くごとに猫随い....
「艸木虫魚」より 著者:薄田泣菫
なり起上って拳を振り上げなさいましたので……。」 「何でも、へい、世間の噂には、
江都の詩人汪先生は、友達が宋代とやらの詩を貶したからといって、えらく腹に据えかね....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
き》、磨墨《するすみ》も活躍致すべく候へば、自今、馬を描くに於ては、敢《あ》へて
江都王に譲らざるの夜郎を贏《か》ち得たることにのみ御一笑下され度候――(後略)」....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
神《うぶすながみ》として氏子《うじこ》もっとも多く、六月十五日はその祭礼である。
江都第一の大祭。
別当|勧理院《かんりいん》、神主は樹下民部《じゅげみんぶ》。....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
きっきょうかふく》につけ、司馬道場の名物の撒銭《まきぜに》がはじまったのである。
江都評判の不知火銭……。
白無垢《しろむく》の麻裃をつけた峰丹波、白木の三宝に....
「魔像」より 著者:林不忘
マンが首になるという、その首なる用語の起源は、遠くこの時に発しているのだ――と、
江都耳寄草《こうとみみよりぐさ》なる写本にある。これはナンセンス。 だが、首は....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
《しょこくめいきょうきらん》、琉球八景《りゅうきゅうはっけい》等にして絵本には『
江都勝景一覧《こうとしょうけいいちらん》』(寛政十一年板)『東都遊《あずまあそび....
「五重塔」より 著者:幸田露伴
墨汁したたか含ませ、我この塔に銘じて得させん、十兵衛も見よ源太も見よと宣いつつ、
江都の住人十兵衛これを造り川越源太郎これを成す、年月日とぞ筆太に記しおわられ、満....
「失うた帳面を記憶力で書き復した人」より 著者:南方熊楠
新古に順次して、左のごとく列ね挙げる。 「蜀山人は、(中略)伝えていう、かの人|
江都《えど》小田原町辺の魚肆に因みありて往きかいけるが、一日かの家に往きけるおり....
「エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
源衛門の子孫も、禁裏御用の絵符を伝えているという。享保四年の「弾左衛門書上」(「
江都官鑰秘抄」引)にも、「禁中様御召|藺金剛、大和国長吏指上、御扶持代物にて頂戴....