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沙弥
「沙弥〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
沙弥の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「鼻」より 著者:芥川竜之介
な物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
五十歳を越えた内供は、
沙弥《しゃみ》の昔から、内道場供奉《ないどうじょうぐぶ》の職に陞《のぼ》った今日....
「鯉魚」より 著者:岡本かの子
て来て待っています。 淵の魚へ食後の生飯を持って行って投げ与《あた》える役は、
沙弥《しゃみ》の昭青年でありました。年は十八。元は公卿《くげ》の出ですが、子供の....
「二百十日」より 著者:夏目漱石
《へそ》のあたりまで吹き抜けた。出臍《でべそ》の圭さんは、はっくしょうと大きな苦
沙弥《くしゃみ》を無遠慮にやる。上がり口に白芙蓉《はくふよう》が五六輪、夕暮の秋....
「吾輩は猫である」より 著者:夏目漱石
やって不足なくその日その日が暮らして行かれれば上《じょう》の分《ぶん》ですよ。苦
沙弥君《くしゃみくん》などは道楽はせず、服装にも構わず、地味に世帯向《しょたいむ....
「碧玉の環飾」より 著者:田中貢太郎
い当る事はないか」 と問うた。老僧は頻りに昔の事を追思した末に、 「愚僧がまだ
沙弥であったころ、一疋の雌猿を養うていたが、某日、玄宗皇帝の勅使|高力士がこの寺....
「僕の昔」より 著者:夏目漱石
《ねこ》である』の編中でなじみ越しの家々の間に、名札もろくにはってない古べいの苦
沙弥《くしゃみ》先生の居《きょ》は、去年の暮れおしつまって西片町《にしかたまち》....
「『吾輩は猫である』下篇自序」より 著者:夏目漱石
んこうむ》ることに致した。 「猫」の甕へ落ちる時分は、漱石先生は、巻中の主人公苦
沙弥先生と同じく教師であった。甕へ落ちてから何カ月|経《た》ったか大往生を遂げた....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば吾が佐保河の念ほゆらくに」があり、巻八(一四六九)に
沙弥作、「足引の山ほととぎす汝が鳴けば家なる妹し常におもほゆ」、巻十五(三七八五....
「雪の宿り」より 著者:神西清
南禅相国両大寺の炎上ののちは、数千人の五山の僧衆、長老以下東堂西堂あるいは老若の
沙弥喝食の末々まで、多くは坂下、山上の有縁を辿って難を避けておられる模様でござい....
「新西遊記」より 著者:久生十蘭
げに「西蔵のラッサへ入って」などというのだ。大きな子供ぐらいにしか見えない貧相な
沙弥の顔を見ながら、案外、世俗的なところもあったチャンドラが、なにを考えていたか....
「小説 円朝」より 著者:正岡容
飛ぶ禽《とり》落とす三遊亭圓朝が一枚看板、八丁荒しの大御所とて、焉《いずく》んぞ
沙弥《しゃみ》より長老たり得べけむや。あわれ年少未熟の日の、八十八|阪《さか》九....
「漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
やはり雑誌の御厄介になる事に仕った。この度の「猫」は色々かく事がある。その内で苦
沙弥君の裏の中学校の生徒が騒いで乱暴する所をかいて御覧に入ます。(三八、一一、二....
「法然行伝」より 著者:中里介山
て疑念が忽ちに溶けて罷《まか》り帰った。 法然が清水寺で説教の時、寺家の大勧進
沙弥印蔵《だいかんじんしゃみいんぞう》という者が、念仏の信仰に入り、滝山寺を道場....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
という滑稽な処分を受けた実例がある。その他讃岐に「西国」、淡路に「シャシャミ」(
沙弥?)など、地方によって種々の名称を以て差別された家筋があったが、それらは大抵....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
のはなはだ少からぬに驚かざるをえぬ。孝謙天皇の朝に犬養宿禰真老という人が、自度の
沙弥の乞食を撃って悪死の報いを得たとか、聖武天皇の御代に長屋王が、賤形の
沙弥の頭....