河竹黙阿弥[語句情報] » 河竹黙阿弥

「河竹黙阿弥〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

河竹黙阿弥の前後の文節・文章を表示しています。該当する5件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
和泉の諸国の大地震で、伏見城の天守が崩壊して圧死者が多かった。この伏見の地震は、河竹黙阿弥の地震加藤の史劇で有名な地震で、石田三成等の纔者のために斥けられて蟄居....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
が、折節守田|勘弥《かんや》が猿若の小屋を新富町に移して改良劇場を作って、作者は河竹黙阿弥を雇いいわゆる活歴物を多く出していた。私の見たのは仙台萩の実録とかいう....
市川九女八」より 著者:長谷川時雨
伝の所刑《しょけい》は九年ごろだったから――十一、二年ごろに菊五郎《ごだいめ》が河竹黙阿弥《かわたけもくあみ》さんに書下《かきおろ》してもらって、そうそう裁判所....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
ので、その二月興行は「扇音々大岡政談」――例の天一坊で、それを書きおろした作者の河竹黙阿弥はその当時六十歳であったということを後に知った。いや、後に知ったのはそ....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
焼。同座は遂に再興せず。江戸の三座随一たる中村座の櫓もここに滅亡せり。 ○同日、河竹黙阿弥死す、七十八歳。狂言作者として南北以後の大家と称せらる。その伝記は余り....