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法眼
「法眼〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
法眼の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
お口科、お眼科。お婦人科。いずれのほうじゃ」 「いいえ、お鍼医《はりい》の吉田|
法眼《ほうげん》さまでござります」 「当人か」 「ご後室さまでござります」 「な....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
息に倚りかかりながら、上段の間に坐っていた。傍らに快川長老がいた。白須法印、日向
法眼、二人の奥医師が引き添っていた。 紙燭は煌々と部屋を照らし、真昼のように明....
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
光、夜目にもさえざえと拝しました上、御近習衆のお槍筋が、揃いも揃ったお止め流の正
法眼流! 更には又、葵御紋をも憚らぬ不審! さては、上、この主水之介の三河ながら....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
(源空寺門前)の生まれである。その師匠が当時江戸で一、二を争うところの仏師高橋|
法眼鳳雲という有名な人でありますが、この人のことは別に改めて話すことにする。 ....
「蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
浮腫《ふしゅ》し、其後|腫脹《しゅちょう》弥《いよいよ》甚しかったと記してある。
法眼|正純《まさずみ》の薬、名護屋にて宗叔の薬、又京の半井道三《なからいどうさん....
「連環記」より 著者:幸田露伴
政は文章博士で、続本朝文粋の作者の一人である。保胤の兄保憲は十歳|許の童児の時、
法眼既に明らかにして鬼神を見て父に注意したと語り伝えられた其道の天才であり、又保....
「北斎と幽霊」より 著者:国枝史郎
しによって当代の名家に屏風を描かせ朝鮮王に贈ることになった。 柳営|絵所預りは
法眼|狩野融川であったが、命に応じて屋敷に籠もり近江八景を揮毫した。大事の仕事で....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
。町医者であった道有が、その後恐ろしいような出世をしたのであるから。すなわち侍医
法眼となり、浜町に二千坪の屋敷を持つようになったのであるから。 お篠がそういう....
「夢は呼び交す」より 著者:蒲原有明
好い。梅の花が咲き初めたということがまだかれの思考を繋ぎとめているらしい。 『正
法眼蔵』に「梅花の巻」といわれているものがある。かれはそうと気がついて、急に見た....
「正雪の遺書」より 著者:国枝史郎
窺っています。 私の心は今静かです。実に限りなく静かです。顕文紗の十徳に薄紫の
法眼袴。切下髪にはたった今櫛の歯を入れたばかりです。平素と少しの変わりもない扮装....
「剣侠」より 著者:国枝史郎
とお話が出来る、妙なものでござりますな」 ネチリネチリと云うのであった。 古
法眼の描いた虎溪三笑、その素晴らしい六枚折りの屏風が無造作に部屋の片隅に、立てら....
「茶屋知らず物語」より 著者:岡本かの子
元禄|享保の頃、関西に
法眼、円通という二禅僧がありました。いずれも黄檗宗の名僧|独湛の嗣法の弟子で、性....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
、団子などの少年俳優を狩り集めて開場した。狂言は「ひらがな盛衰記」の逆櫓、「鬼一
法眼」の菊畑、「為朝」の八丈島、「梅川忠兵衛」の封印切から新口村などで、子供芝居....
「炭焼長者譚」より 著者:喜田貞吉
、凡人の目には一種の気高き思いをなさしめる場合もある。張良の黄石公、牛若丸の鬼一
法眼、みな一種の山人であった。彼らは浮世の塵を脱して、松葉を喰い霧を吸って、飛行....
「エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
タと呼ばれる様になったのは、鎌倉時代以来の事であった。大永三年に鶴岡八幡宮の別当
法眼良能から、山ノ内・藤沢の長吏に与えた文書にも、「八幡宮掃除。」とある。鶴岡八....