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浅茅
「浅茅〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
浅茅の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
すび付けて解釈すると、かれは一種のおそろしい鬼女であるかも知れない。鬼婆で名高い
浅茅ヶ原に近いだけに、鬼娘の噂がそれからそれへと仰々しく伝えられて、残暑の強いこ....
「川中島合戦」より 著者:菊池寛
光分外薪 |捲 孱願亦|有 一笑靄然|如 歌に、 さみだれに庭のやり水瀬を深み
浅茅がすゑは波よするなり 立ち並ぶかひこそなけれ桜花松に千歳の色はならはで 詩....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
てて、稀に残る家は門前草深くして庭上露|茂《しげ》し、蓬《よもぎ》が杣《そま》、
浅茅《あさぢ》が原《はら》、鳥のふしどと荒れはてて、虫の声々うらみつつ、黄菊紫蘭....
「楢重雑筆」より 著者:小出楢重
す。 ある夏のことでした。今フランスに滞在している大久保作次郎君と私とが奈良の
浅茅ヶ原の亭座敷を借りて暮していたことがありました。 ある日ちょっと散歩して帰....
「神鷺之巻」より 著者:泉鏡花
しろ便宜であったが。 さて、旧街道を――庫裡を一廻り、寺の前から――路を埋めた
浅茅を踏んで、横切って、石段下のたらたら坂を昇りかかった時であった。明神の森とは....
「星女郎」より 著者:泉鏡花
の、離座敷の障子の桟が、ぼんやりと風のない燈火に描かれる。――そこへ行く背戸は、
浅茅生で、はらはらと足の甲へ露が落ちた。 (さあ、こちらへ。) ここで手を離し....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
起つ 道尽きて松明振るや雪解川 春雨や酒を断ちたる昨日今日 春雨に杉苗育つ小山哉
浅茅生の宿と答へて朧月 朧夜の雨となりけり渡月橋 小蔀に人のけはひや春の月 片側....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
どの如く歌名所になった。 ○ 家にして吾は恋ひむな印南野の
浅茅が上に照りし月夜を 〔巻七・一一七九〕 作者不詳 ※旅の歌。印南野で見た、....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
出たところへ、どこの部屋からかあまり粋とはいえない三味線の音……。
しぐれ降る
浅茅《あさじ》ヶ|原《はら》の夕ぐれに二こえ三声|雁《かり》がねの、便り待つ身の....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
どうぞ」 と女学校の先生が促した。鈴子は恥ずかしそうにしていたが、 「茅花ぬく
浅茅が原の壺すみれ今さかりなり吾が恋うらくは」 「壺すみれはいいね。可憐で、娘ら....
「だいこん」より 著者:久生十蘭
はれなれ われらが通ひてみしひとも かくしつつこそかれにしか 古き都に来てみれば
浅茅《あさじ》が原とぞ荒れにける 月の光はくまなくて 秋風のみぞ身にはしむ ....
「つづれ烏羽玉」より 著者:林不忘
をもれる灯のなかにおどったり消えたりして、見るみるうちに小さくなる。 やがて、
浅茅原《あさじがはら》の闇黒にのまれてしまった。 あとには、夜の春雨が霏々《ひ....
「宝塚生い立ちの記」より 著者:小林一三
って、振付として高尾楓蔭氏、久松一声氏等が招聘され、第二期生として瀧川末子、篠原
浅茅、人見八重子、吉野雪子の四名がくわわって、ここにはじめて宝塚少女歌劇養成会が....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
けば蓮の浮葉に玉こえて涼しくなりぬひぐらしの声 (〃) この里も夕立しけり
浅茅生に露のすがらぬ草の葉もなし (〃) 鶉鳴く真野の入江の浜風に尾花なみ....
「牡丹灯籠 牡丹灯記」より 著者:田中貢太郎
棺の前に二階堂左衛門尉政宣の息女弥子|吟松院冷月居尼とし、側に古き伽婢子があって
浅茅と云う名を書き、棺の前には牡丹花の燈籠の古くなったのを懸けてあった。荻原は驚....