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深尾
「深尾〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
深尾の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
事がまた通禧のところへ来て言った。 「今日は土佐家から、客分の家老職に当たります
深尾康臣も検使として立ち会ったと申してまいりました。鬮引きで、切腹に当たる者を呼....
「堺事件」より 著者:森鴎外
入を誰何することになった。 次いで前土佐藩主山内土佐守|豊信の名代として、家老
深尾|鼎が大目附小南五郎右衛門と共に到着した。これは大阪に碇泊しているフランス軍....
「婦人と文学」より 著者:宮本百合子
を讚美した。ナチス文化とイタリー・ファシズムの宣伝も強力に行われて、日本の女詩人
深尾須磨子はイタリーに行ってムッソリーニに会い、ファシズム謳歌の文筆活動を盛んに....
「もう少しの親切を」より 著者:宮本百合子
切であると思われる。 或る婦人雑誌が、恋愛についての座談会をもち、林芙美子氏、
深尾須磨子氏その他が話した。その記事を偶然読んだ。お定の話が出ている。林芙美子氏....
「三つの民主主義」より 著者:宮本百合子
ることを理解しなければならないと思う。 全日本婦人大会というものが神近市子氏、
深尾須磨子氏、平林たい子氏によって提案され、クラブ員が個人として招待されたとき、....
「往復帖」より 著者:宮本百合子
下さい。もし、来ていたら、十七日には出席して (一)労働組合婦人部は、神近、
深尾の如き人々のおもちゃではないこと。
深尾の文化的戦犯性(ファシズム謳歌者であっ....
「年譜」より 著者:宮本百合子
を先頭として「日本精神」の謳歌によって文飾されたファシズム文学を流布した。女詩人
深尾須磨子はイタリーへ行って、ムッソリーニとファシズムの讚歌を歌った。私は目白の....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
た上は、新藩主及び前藩主は、松山城北の常真寺へ退居して、謹慎せられ、土州軍総督の
深尾左馬之助は軍隊を率いて松山城の三の丸へ入込んだ。そうして藩主の代理たる家老そ....
「獄中消息」より 著者:大杉栄
またまた検事殿より上告あったよし。「貧富」や「新兵」の先例から推すと、近々の中に
深尾君もまたやって来なければならぬのかな。同君によろしく。なお、孤剣、秀湖、西川....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
そうです。顔ぶれは秋声、和郎、武麟、丹羽文雄、横光利一、もう一人二人。林芙美子、
深尾須磨子諸女史はイタリー、ドイツを旅行に出かける由。ドイツの本当の心にふれて来....
「文学的自叙伝」より 著者:林芙美子
落語をききに連れて行って下すったりしました。先生と二人で冬の寒い夜、本郷丸山町の
深尾須磨子さんのお家を訪ねて行ったりして、お留守であった思い出もあるのですが、考....
「恋愛の微醺」より 著者:林芙美子
うなこころがあったらどんなによかったでしょうと云う。だから、心残りのないように。
深尾さんの詩に、むさぼりて 吸へどもかなし 苦《にが》さのみ 舌にのこりて 吸へ....
「日記」より 著者:宮本百合子
今日ですっかりロシアの仕事を終り、茶話会をしてしまうと云うのである。 ヨサノ、
深尾、荻野、柳、河崎、星野、石本、自分等。きのう野上さんと会ったあとなので、彼女....
「秘密」より 著者:平林初之輔
浜のサンタ・マリア女学院の出身だということであるから、今でも、同窓生のうちには、
深尾みな子といえば心当たりのある人がいるかも知れぬ。ともかく、その当時は、彼女は....
「水面に浮んだ女」より 著者:田中貢太郎
ものの、どうも思わしい仕官の口がないから、私は土州の方へ往こうと思う、土州には、
深尾主人殿が、山内家の家老をしておるし、主人殿なら、私の人為も好く知っておってく....