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「済南〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

済南の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
陣中日誌(遺稿)」より 著者:山中貞雄
されました。……(中略)……この辺りコレラが流行してますので、此処の患者は滅多に済南とか青島とかの病院へは送ってくれないそうです。 僕、病勢は変りなく、熱はな....
武装せる市街」より 著者:黒島伝治
、――でも、そんなこと、なんでもなかった。ただお父さんが可哀そうだったの、始めて済南へ連れて来る子供とそれから花嫁さんにまでこんなことをさせなけりゃならんかと思....
運命」より 著者:幸田露伴
耿炳文に従い、次で李景隆に従いしが、洪武中より武官たりしを以て、兵馬の事に習う。済南の防禦、徳州の回復に、其の材を認められて、平燕将軍となり、陳暉、平安、馬溥、....
道標」より 著者:宮本百合子
いう感情をもたせるのは、日本軍閥の満州侵略であり、第二次、第三次山東出兵であり、済南で行った日本軍の残虐行為のためだった。数百名の共産党員を銃殺し、労働者のスト....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
字を売り物にして生活するようになった。 それからのち二年の春、宗は小児を連れて済南の章丘へゆくと、路で胡服をきた一人の僧に逢った。僧は容貌魁偉ともいうべき人で....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
五日の後、突然ここの家に火を発して、楊の部屋は丸焼けになった。 文昌閣の鸛済南府の学堂、文昌閣の家の棟に二羽の鸛(雁鴻の一種である)が巣を作っていた。ある....
北京・青島・村落」より 著者:豊島与志雄
や各地の料理法を伝え紹興老酒の古甕を備えてる料理屋も、上海や南京のそれどころか、済南のそれよりも一層人声が少く、然し客は多い。京劇の芝居は大抵満員で、よい座席は....
北支点描」より 著者:豊島与志雄
医療所で治療を受けてる光景は、将来への大きな希望を与えてくれる。 *済南には紅卍字会の母院がある。百二十万の金を投じて近年出来上った豪壮な堂宇で、種....
碑文」より 著者:豊島与志雄
ることがありました。他の土地に第二第三の夫人たちがいるとの噂もありました。また、済南の紅卍字教の母院と青島の后天宮によくお詣りをするとの噂もありました。 崔之....
白塔の歌」より 著者:豊島与志雄
でありましたが、その頃、彼について種々の風説が伝えられていました。近いうちに彼は済南方面へ転出するという噂もありましたし、また、省政府筋と常に反目しがちで、急激....
白っぽい洋服」より 著者:田中貢太郎
出ていると思っているので、一二度利あげをしたままでそのままにしてあったところで、済南に往って商売をしていた兄から、支那の動乱で商売も面白くないから、店を譲って近....
三国志」より 著者:吉川英治
将をあわせて、心から敬いもした。 折ふし。 青州|大興山の附近一帯(山東省|済南の東)に跳梁している黄巾賊五万以上といわれる勢力に対して太守劉焉は、家臣の校....
三国志」より 著者:吉川英治
などと大国だけに、都の乱もひと事のように語っていた。 そのうちに青州地方(済南の東)にまた黄巾賊が蜂起しだした。中央が乱れると、響きに答えるように、この草....