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湯浅
「湯浅〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
湯浅の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「馬の脚」より 著者:芥川竜之介
る逸足《いっそく》ならば、前脚で物を蹴るくらいの変り芸もするか知れず、それとても
湯浅少佐《ゆあさしょうさ》あたりが乗るのでなければ、果して馬自身でやり了《おお》....
「道草」より 著者:夏目漱石
ね」 彼は『常山紀談』を普通の講談物と思っているらしかった。しかしそれを書いた
湯浅常山《ゆあさじょうざん》を講釈師と間違えるほどでもなかった。 「やッぱり学者....
「桶狭間合戦」より 著者:菊池寛
たが猶許されなかった。後森部の戦に一番乗りして、始めて許されたと云う。 笠寺の
湯浅甚助|直宗と云う拾四歳の若武者は軍の声を聞いて、じっとして居れずに信長の乗か....
「賤ヶ岳合戦」より 著者:菊池寛
家は、秀吉或は拒んで、戦のきっかけになるかも知れない位に考えたであろうが、秀吉は
湯浅甚助に命じて、所々修繕の上あっさりと引渡した。秀吉にして見れば一小城何するも....
「島原の乱」より 著者:菊池寛
さであり堀も亦至って深い。城兵また多く来襲して、貞清自らも肩を槍で衝かれた。家臣
湯浅覚太夫がその城兵を突伏せたので、危く重囲を脱し得たが、従士は次々に斃れるばか....
「思想と風俗」より 著者:戸坂潤
物論に立つロマンの理想だろう。 理論的モラルと風俗との融合にかなり成功したのは
湯浅克衛「移民」(『改造』三六年七月)だろうと思う。同月の小説の内で読んで時間を....
「読書法」より 著者:戸坂潤
す。また簡単に知ろうとするには、ハイデッガーの『形而上学とは何ぞや』であります。
湯浅氏によって訳されたものが理想社から出版されています。 結語 戸坂 ....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
がら世間を憚って鬼に犯されたと詐称したのもすこぶる多かろう。四十年ほど已前、紀州
湯浅町の良家の若い妻が盆踊りを見に往きて海岸に※※《しょうよう》するところを、壮....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、神妙に返事をして、郷貫と姓名とを名乗ってしまいました。 「拙者は、越前敦賀藩の
湯浅五助」 「拙者は、紀州和歌山の藤堂仁右衛門」 二人がこう言って尋常に名乗る....
「昭和二年の二科会と美術院」より 著者:寺田寅彦
。涼しい感じがある。この人の絵の態度は行きつまらない。どこまでも延びうると思う。
湯浅一郎。 巧拙にかかわらず一人の個人の歌集がおもしろいように個人画家の一代の作....
「次郎物語」より 著者:下村湖人
明です。それに――」 と、田沼先生は、ちょっと言いよどんだが、 「ご側近には、
湯浅内大臣のような方もおられます。内大臣はあくまでも筋の通った方だと私は信じます....
「詩語としての日本語」より 著者:折口信夫
思想を持ちながら古語表現の完全に出来なかった先輩がある。北村透谷でなくて、却って
湯浅半月氏であった。詩篇や讃美歌の持っている思想から、もっと宗教的な内容を持った....
「赤坂城の謀略」より 著者:国枝史郎
た時、正成はふたたび活動をはじめ、わずか五百の兵を以て、まず赤坂の城を攻め、城将
湯浅定仏を降し、その兵を合わせて二千となし、住吉天王寺辺へ打って出で、渡辺橋の南....
「国栖の名義」より 著者:喜田貞吉
と訛るという事実を引かれた、またその国主神社の条下には、 蓋国主は栗栖の訛なり。
湯浅村|顕国神社も此神を勧請せるにて、国津神とも唱ふ、……名所図会云、『国主神社....
「俗臭」より 著者:織田作之助
いうことは記憶に止めて置く必要がある。元来彼等きょうだいの出生地、和歌山県有田郡
湯浅村(現在
湯浅町)は気性の荒いので近村に知られた漁村である。大袈裟にいって、喧....