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潮田
「潮田〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
潮田の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「西航日録」より 著者:井上円了
は一夢のうちに過ぎ去り、暁窓近く紀南の諸山に接見す。午後、神戸入津。哲学館得業生
潮田玄乗氏来訪あり。翌十七日午前上陸、県知事服部一三君および特別館賓伊藤長次郎氏....
「宝塚生い立ちの記」より 著者:小林一三
美人で優さ形のおとなしい、しとやかなお嬢さんのように印象に残っている。お光さんは
潮田傳五郎工学士の奥さんになられた方で、現在の
潮田塾長のお母さんである。 女は....
「一太と母」より 著者:宮本百合子
太母子は一層狭い場所に暮した。 「お前んち、どこ?」 と訊かれると、一太は、 「
潮田さんちの隣だよ」 と躊躇《ちゅうちょ》せず答えた。が、それは家ではない、ただ....
「四十八人目」より 著者:森田草平
部安兵衛は、大石と離れてさえ決行しようとしていただけに、明くる朝すぐに発足して、
潮田又之丞とともに江戸に走せ下った。この二人は、途中浜松の駅で、芸州へ流されて行....
「美しい日本の歴史」より 著者:吉川英治
だった。それに倣って、以前は私も駄弁などこころみたことがある。 義士のうちで、
潮田又之丞は年少者の方だった。口かずも少なく、武士には柔弱すぎるとも見える。それ....
「濞かみ浪人」より 著者:吉川英治
士の盟約が密かに結ばれた頃、彼はどこからともなく、のっそりと現われて、大高子葉、
潮田又之丞の二人を介して、義挙に加わった。 浪士四十七名のうち、内匠頭が生前中....
「べんがら炬燵」より 著者:吉川英治
、ずしんと、十七人の腸にひびいた。 太平記を借りうけて、今朝から手にしはじめた
潮田又之丞が、その度に、きまって、書物から眸を離すので、そばに坐している近松勘六....