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瀞
「瀞〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
瀞の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「人外魔境」より 著者:小栗虫太郎
がて下流三十マイルのあたりで激流がおさまり、みるも淀《よど》んだような深々とした
瀞《とろ》になる。そしてその
瀞が、断雲ただよう絶壁下を百マイルも続いている。
....
「大切な雰囲気」より 著者:小出楢重
してしまっていた。大洋と濃緑の山と草木の重々しき重なりの連続であり、殊に九里峡と
瀞八丁の両岸に生い茂る草木こそは、なるほど人間と恋愛するかも知れないところの柳が....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ます。 尺八は少し離れたところの机の上にあって、膝のわきには二本の刀が、これも
瀞《とろ》につながれた筏《いかだ》のようにおだやかに、一室の畳の上に游弋《ゆうよ....
「『教室の記録』の編集を終えて」より 著者:村山俊太郎
の良心を持ちつづけながら、一つ目的にひたむきな精進をつづけ、「もんぺの弟」、「長
瀞子ども」をまもりつづけてきた。そして良心のゆえに、つねに子どもや村について悩ん....
「国分一太郎君の仕事」より 著者:村山俊太郎
なした仕事については、今更私がここにおしゃべりする必要もなかろう。まず昭和五年長
瀞に赴任し、文集“がっこ”をつくり、翌年は短期現役を終えてから文集一冊と詩集一冊....
「岩魚」より 著者:佐藤垢石
の長い時間に、南岸の山裾を截り削った樋のように巌峡を過ぎ、少しかみ手に深い大きな
瀞がある。蒼碧、藍を溶いたのかと思うほどの色が淵に漂い、岩のかげには緩やかな渦が....
「香魚の讃」より 著者:佐藤垢石
た、奥秩父から刄のような白き流れを武蔵野へ下してくる隅田川の上流荒川も、奇勝|長
瀞を中心として今年は震災後はじめて東京湾から鮎の大群が遡ってきた。翆巒峭壁を掩う....
「たぬき汁」より 著者:佐藤垢石
一 伊勢へななたび熊野へさんど、という文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、
瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行った。秋の落ち鮎には、さらにも一....
「瀞」より 著者:佐藤垢石
何に豊かな腕を持つ画人であっても、新緑が彩る活きた弾力は、到底描き得まいと思う。
瀞八丁の両岸の崖に、初夏の微風を喜びあふれる北山川の若葉も、我が眼に沁み入るばか....
「那珂川の鱸釣り」より 著者:佐藤垢石
川へ遡り込んできた鱸は、海にいるときと同じように甚だ貪食だ。真冬の間は、深い淵や
瀞にひそんでいるけれど、それでも餌を追うことを忘れない。だが、午後四時頃からが彼....
「宮本武蔵」より 著者:吉川英治
、鬱蒼とした森が折り重なり、河水に樹の根の洗われている辺りは、水もまっ蒼な日陰の
瀞になっている。 「オオ、鶯が啼きぬいて」 「梅雨頃には、昼間も、昼ほととぎすが....
「鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
て、この頃の癖のように、加茂の水をみつめていた。ピチ、ピチ、と小魚のはねる流れの
瀞に、糺の森をこしてくる初秋の風がさざ波を立てている……。 見る心は違うが、庭....
「随筆 新平家」より 著者:吉川英治
ったにちがいない。 八時半ごろ。きのうの熊野川の橋畔から、プロペラ船にのって、
瀞峡へ向かう。土地の人は「とろ」といわない「どろ峡」という。 ここから先は、土....
「黒部川奥の山旅」より 著者:木暮理太郎
りにして木の根に攫りながら攀じ上ると、崖の上に出た。脚の下の深い谷底では、真青な
瀞が幾筋かの太い水脈を綯り合せ綯り戻して、渦を巻きながら押し黙って流れている。岩....