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狭間
「狭間〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
狭間の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「東海道五十三次」より 著者:岡本かの子
三河と美濃の国境だという境橋を渡って、道はだんだん丘陵の間に入り、この辺が桶
狭間《おけはざま》の古戦場だという田圃みちを通った。戦場にしては案外狭く感じた。....
「聖書の読方」より 著者:内村鑑三
十一月十五日栃木県氏家在
狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。 聖書は来世の希望と恐怖と....
「黒死館殺人事件」より 著者:小栗虫太郎
動につれて微かに振動する。それがなんとなく楽玻璃のようでもあるが、とにかく、その
狭間を通過する音は、恐らく弱音器でもかけられたように柔げられるであろうから、鐘鳴....
「聖アレキセイ寺院の惨劇」より 著者:小栗虫太郎
なくなってしまった。それに、短剣を下から投げ上げたにしたところで、五尺とない塔の
狭間のどこかに打衝かってしまうぜ。」検事は落胆した態で呟いたが、法水にぜひ訊かね....
「厳島合戦」より 著者:菊池寛
厳島へ渡ってしまった。三河守も是非なく、陶から二日遅れて、厳島へ渡った。信長は桶
狭間という狭隘の土地で今川義元を短兵急に襲って、首級をあげたが、併しそのやり方は....
「桶狭間合戦」より 著者:菊池寛
信長大いに行状を改めたが同時に、その天稟の武威を振い出した。 十六歳の時から桶
狭間合戦の二十七歳までは席の安まる間もなく戦塵をあびて、自らの地盤を確保するに余....
「長篠合戦」より 著者:菊池寛
頼が天目山で死んだのは天正十年だが、武田はこの一戦で敗亡の形を現したのである。桶
狭間では必死奇兵を弄して義元を倒した信長は、ここでは味方の多勢を頼んで万全の戦術....
「春昼」より 著者:泉鏡花
け抜けそうに高いけれども、欄干は影も留めない。昔はさこそと思われた。丹塗の柱、花
狭間、梁の波の紺青も、金色の竜も色さみしく、昼の月、茅を漏りて、唐戸に蝶の影さす....
「天守物語」より 著者:泉鏡花
に、また階子の上下の口あり。奥の正面、及び右なる廻廊の半ばより厚き壁にて、広き矢
狭間、
狭間を設く。外面は山岳の遠見、秋の雲。壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干|外....
「海神別荘」より 著者:泉鏡花
りはの、蒼い炎の息を吹いても、素奴色の白いはないか、袖の紅いはないか、と胴の間、
狭間、帆柱の根、錨綱の下までも、あなぐり探いたものなれども、孫子は措け、僧都にお....
「南地心中」より 著者:泉鏡花
た、私の目のせいなんだろう。すッと向うに浮いて行って、遠くの、あの、城の壁の、矢
狭間とも思う窓から、顔を出して、こっちを覗いた。そう見えた。いつの間にか、城の中....
「縁結び」より 著者:泉鏡花
の宮を、梢に仰ぐ、石段を三段、次第に上って来て、これから隧道のように薄暗い、山の
狭間の森の中なる、額堂を抜けて、見晴しへ出て、もう一坂越して、草原を通ると頂上の....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
八十|年位にしかならぬとのことでございました。父親は相当高い地位の大宮人で、名は
狭間信之、母親の名はたしか光代、そして雛子は夫婦の仲の一粒種のいとし児だったので....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
赤い帆が見える! 海賊船だ! 黒い船体が島陰から出た! 真鍮の金具、五重の櫓、
狭間作りの鉄砲|檣! 密貿易の親船だ! 麝香、樟脳、剛玉、緑柱石、煙硝、氈、香木....
「飛騨の怪談」より 著者:岡本綺堂
闇に進んで行った。それから約一時間ばかりも経ったと思う頃、彼はあなたの大きい岩の
狭間から、一縷の細い煙の迷い出づるを見た。 「占めた!」 彼は喜んで躍った。で....