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玉泉
「玉泉〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
玉泉の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「魚玄機」より 著者:森鴎外
漁隠叢話 新唐書 北夢瑣言 全唐詩話 桐薪 唐詩紀事
玉泉子 六一詩話 南部新書 滄浪詩話 握蘭集 彦周詩話 ....
「画学校時代」より 著者:上村松園
。東宗北宗などと言いますと…… 東宗というのは柔かい四条派で、主任の先生は望月
玉泉さん。 西宗というのは、新しくぼっこうした西洋画つまり油絵で、主任が田村宗....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
」 ということでありました。 中仙道と尾張路との岐れ路で、清冽《せいれつ》なる
玉泉をもって名のある、平和な美濃路の一要駅が、今夕、この流言によって、多少とも憂....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
掌あるいは代官をしてこれを取り立てさせておったが、その代官の名には、明応四年ごろ
玉泉という者をもってこれに任じたことがあり、永正元年には和泉屋すなわち四条烏丸太....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
小さい。下田の町からはずれた柿崎というところ。ハリスのいた寺、お吉がカゴで通った
玉泉寺という寺へあがる海岸です。黒船が二つの島の間に碇泊して天地を驚倒させたとい....
「日本文化私観」より 著者:坂口安吾
就て殆んど知識を持っていない。ブルーノ・タウトが絶讃する桂離宮も見たことがなく、
玉泉も大雅堂も竹田も鉄斎も知らないのである。況んや、秦蔵六だの竹源斎師など名前す....
「余齢初旅」より 著者:上村松園
していたのであった。そして四日目は抗州の山手に二つばかりある寺をみに行った。寺は
玉泉寺というのと雲林院である。ここはやはり皇軍の進撃した戦蹟なのであった。山門な....
「東洋文化史における仏教の地位」より 著者:高楠順次郎
まして写真に撮っております。 まず最古のものは、河内高貴寺、大阪四天王寺、近江
玉泉寺、京都百万遍知恩寺にある。大和法隆寺(御物)大和海竜王寺所蔵のものはこれに....
「明治懐顧」より 著者:上村松園
が陳列されたものでした。それで、この日は楳嶺、鉄斎、景年、それから内海吉堂、望月
玉泉等の老大家や、その頃まだ若かった栖鳳、春挙という人々が集まってこの参考品を鑑....
「想い出」より 著者:上村松園
生徒は百人余り、組織は東西南北の四宗に別れていまして、東宗は柔らかい四条派で望月
玉泉先生、西宗は西洋画で田村宗立先生、南宗は巨勢小石先生、北宗は力のある四条派で....
「三国志」より 著者:吉川英治
説話をつくり、それが巷に語られるのであろう。とにかく種々な噂が生れた。 荊州の
玉泉山に、普静という一老僧がいる。これはもと、※水関の鎮国寺にいた僧で、関羽とは....