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王孫
「王孫〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
王孫の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「十二支考」より 著者:南方熊楠
にあらば晋より後のはずでいずれとも今分らぬ。しかし『淵鑑類函』四三二、後漢王延寿
王孫賦、既に酔い眠った猴を縛り帰って庭厩に繋《つな》ぐとあれば、郭璞に始まったと....
「五通」より 著者:田中貢太郎
ことになったが、敢て公然と害をしないようになった。 又 金生は字を
王孫といって蘇州の生れであった。淮安の縉紳の屋敷の中にいて土地の少年子弟を教授し....
「植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
針)は、人がなんと言おうとも、または古書になんとあろうとも、それはけっして古人が
王孫(『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』には「
王孫、和名沼波利久佐(ヌハリ....
「三国志」より 著者:吉川英治
郎、 と、称えたり、また、 小覇王、 と唱えて敬い畏れた。 かくて、小覇
王孫郎の名は、旭日のような勢いとなり、江東一帯の地は、その武威にあらまし慴伏して....
「三国志」より 著者:吉川英治
った。 大軍まだそこへ到らぬうち、呉の国界は大きな衝動に打たれ、急はすぐさま呉
王孫権に報じられる。 孫権は、急遽、諸員を評定に召集して、それに応ずべき策を諮....
「三国志」より 著者:吉川英治
いで台を築かせ、百官を列し、式部、楽人を配して、陸遜を壇に登らせた。 そして呉
王孫権手ずから剣を授け、また白旄、黄鉞、印綬、兵符などすべてを委して、 「いま足....
「三国志」より 著者:吉川英治
よ酷烈になるのを希っていたのは、いうまでもなく呉であった。 この時に当って、呉
王孫権は、宿年の野望をついに表面にした。すなわち彼もまた、魏や蜀にならって、皇帝....