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「用心棒〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

用心棒の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
伝吉の敵打ち」より 著者:芥川竜之介
平四郎は当時|文蔵《ぶんぞう》と云う、柏原《かしわばら》の博徒《ばくと》のもとに用心棒をしていた剣客《けんかく》である。もっともこの「ふとしたこと」には二つ三《....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
の駿河台の研究所まで辿りついたのが縁で、唯今では、鍛冶屋の山さん、変じて、博士の用心棒となり、無頓著な博士の身辺護衛の任にあたっているのだった。戸波博士は、いま....
蠅男」より 著者:海野十三
た。 そのうちに、会社からは田辺課長をはじめ山ノ井、小松などという選りすぐりの用心棒が駈けつけた。総一郎はすこし生色をとりかえした。 警察への使者には、田辺....
寒の夜晴れ」より 著者:大阪圭吉
種である春夫の三人が、留守宅に起居していた。いってみれば及川は、三四郎の留守宅の用心棒と云った形だった。しかし奇怪な出来事は、それにもかかわらず降って湧いたよう....
獏鸚」より 著者:海野十三
。錨健次は暁団から足を洗って、江東のアイス王と呼ばれている変人金満家田代金兵衛の用心棒になっていた。ところが暁団では田代金兵衛の一億円を越えるという財宝に目をつ....
怪しの館」より 著者:国枝史郎
十三 「何んでもなかったのでございますよ。つまり私の役目といえば、用心棒に過ぎなかったので。原因は四ヵ条を書き記した、張り紙なのでございますよ。で....
十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
の浪人佐野重治(今は瑞穂町の祭文かたり)、小笠原家の旧家臣喜多見正純(今は博徒の用心棒)、植村家の浪人徳永隣之介(今は魚ノ棚の料理人)、堀家の旧家臣稲葉甚五郎(....
仇討姉妹笠」より 著者:国枝史郎
、ある時は見世物の太夫元となり、ある時は荏原屋敷の僕となり、又ある時は松浦頼母の用心棒めいた家来となって、悪事をつくした執念深い、一面道化た勘兵衛も、今度こそ本....
名人地獄」より 著者:国枝史郎
の博徒手合いで、彼に恩顧を蒙らないものは、一人もないといってもよい。ある時は高級用心棒として、賭場を守ったこともあり、またある時はなぐりこみへ出張り、直々武勇を....
血曼陀羅紙帳武士」より 著者:国枝史郎
あった。 さっきから中庭で、人の云い争うような声が聞こえた。そこは五郎蔵一家の用心棒である二人であった。身内同士間違いを起こしたのではあるまいかと、二人して寝....
剣侠」より 著者:国枝史郎
は云わなかったが、しかし鴫澤家に寄食する直前、甲州辺りの博徒の家に、賭場防ぎ即ち用心棒として、世話になっていたということを、問わず語りに語ったことがあった。 ....
勧善懲悪」より 著者:織田作之助
た眼付きだった。 かつて、船場新聞で相手構わず攻撃の陣を張っていた頃、どこかの用心棒が撲り込みに来たことがあったが、その時お前は部屋の隅にじっと腕組みして、い....
死剣と生縄」より 著者:江見水蔭
代り痒い処へ手の届かずという事なく、有らゆる優待はするので有った。 「生縄一家の用心棒、磯貝先生は、話に今も遺っている笹川繁蔵の処の平手酒造よりも豪い方だ」 ....
世界の裏」より 著者:国枝史郎
のは紐育の親分エールで、「カポネ、おめえ、市俄古の親分コロジモのところへ行って、用心棒にでもなりな」と紹介した。それは一九二〇年一月のことであった。 カポネは....
ひとりすまう」より 著者:織田作之助
他に男手のない二人暮しの家が物騒だというので、柔道部の選手をしていた轡川に言わば用心棒代りに寝泊りしてもらうことにした。明日子はその轡川に暴力で辱しめられた。柔....