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甲信
「甲信〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
甲信の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
雨の多いのは北|多摩郡の武蔵野町から杉並区の荻窪、阿佐ヶ谷のあたりであるらしい。
甲信盆地で発生した雷雲が武蔵野の空を通過して、房総の沖へ流れ去る。その通路があた....
「長篠合戦」より 著者:菊池寛
天正三年二月、家康は新附の奥平貞昌をして、長篠城の城主たらしめた。 長篠城は、
甲信から参遠へ働きかける関門である。武田徳川二氏に依って、屡々争奪されたる所以で....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
に関する最も有名の爆発であるが、尚西教史による時は、慶長十二年富士焚とあり、また
甲信譜による時は、享禄以降元亀天正まで富士不断に煙りを揚ぐと、こうはっきり記され....
「八ヶ嶽の魔神」より 著者:国枝史郎
い。 一五 ここで物語は一変する。 大正十三年の今日でも、
甲信の人達は信じ切っているが、武田信玄の死骸は、楯無しの鎧に日の丸の旗、諏訪法性....
「黒部川奥の山旅」より 著者:木暮理太郎
に滝倉岳なる名称を与えたのは全く地質調査所の誤りであると信ずる。つまり奥仙丈岳を
甲信両国界の朝日岳に、有峰の西に峙つ東笠西笠の別称である鯉鮒山を越中沢岳に擬した....
「香魚の讃」より 著者:佐藤垢石
のに若鮎は、河口から五十里も上流にある釜無川の支流塩川まで遡って行った。塩川は、
甲信に蟠居する八ヶ岳の雲霧の滴りである。ここまで来れば深山の鮎だ。 支那の料理....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
の帰還を迎える日が来た。過ぐる閏四月に、尾州の御隠居(徳川|慶勝)が朝命をうけて
甲信警備の部署を名古屋に定め、自ら千五百の兵を指揮して太田に出陣し、家老|千賀与....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
その足で直ぐに甲府を西へ突き抜けてしまいました。 それから例の早い足で瞬く間に
甲信の国境まで来てしまい、山口のお関所というのは、別に手形いらずに通ることができ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
めると、またしても山また山で、街道第一の難所、笹子の嶺《みね》を貫いて、その奥に
甲信の境なる八ヶ岳の雄姿を認める。富士をのぞいてすべての山がまだ黒い時分に、まず....
「四谷、赤坂」より 著者:宮島資夫
ていようと、手近に多摩川、吉祥寺への近郊があり、四谷、赤坂、牛込から吸収し、遠く
甲信、小田原の人々をここで食い止めようという努力である。誠に大東京の繁盛を最も顕....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
いるのが見えた。 幕府の第四次の召集令は、鎌倉近傍だけでなく、遠くは房総から、
甲信の方面にまでわたっていた。それも、 一々|参府ニ及バズ、各、領国ヨリ即日、出....