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甲子
「甲子〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
甲子の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「旧主人」より 著者:島崎藤村
に驚きました位。夢の間に軒の花菖蒲《はなしょうぶ》も枯れ、その年の八せんとなれば
甲子《きのえね》までも降続けて、川の水も赤く濁り、台所の雨も寂しく、味噌も黴《か....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
の新聞社は争って地方の新聞社に交渉することになりました。東京日日新聞社からは黒田
甲子郎君がすでに従軍願いを出して、第一軍配属と決定しているので、わたしは東京通信....
「鳥羽伏見の戦」より 著者:菊池寛
警備の任に就いた。 所が、以前に近藤勇の為めに、倒された転向勤王派たる、伊東|
甲子太郎の残党なる鈴木三樹三郎、篠原|泰之進、加納|就雄などが、薩摩の伏見屋敷に....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
浪人となり、元治年代の長州志士らと共に京坂の間を活動した人がある。たまたま元治|
甲子の戦さが起こった。この人は漁夫に変装して日々|桂川に釣りを垂れ、幕府方や会津....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
懇意にした隠居も亡くなったあとで、年のちがったかみさんは旅人宿を畳み、浅草の方に
甲子飯の小料理屋を出しているとのことである。足のついでに、かねて世話になった多吉....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
話が少し元へ返って、私の十二の時が文久三年、十三が確か元治元年の
甲子年であった。この
甲子年はめったには来ません。六十一年目に一度という……それで....
「思想と風俗」より 著者:戸坂潤
ポーツ体育説は愈々空疎なものとなりつつある。今日の六大学野球リーグ戦や、関西では
甲子園の全国中等学校野球戦に、人気があるからといって、別に学生のスポーツや体格教....
「自由画稿」より 著者:寺田寅彦
がほとんど無限大の確実さを加える。これに七曜日を添えればなおさらである。たとえば
甲子《きのえね》の日曜日は一年に一つあることとないこととあるのである。 干支を....
「桐生通信」より 著者:坂口安吾
ドングリ名人の十人十五人に事欠くことがない。ただ一人の名投手が現われればいつでも
甲子園へ行けるだけの実力は常にある。ところが一人の名投手がめったに現われてくれな....
「神経衰弱的野球美学論」より 著者:坂口安吾
ではないか。そうでもして楽しませてくれなければ、目下の試合内容だけを以てしては、
甲子園の中等野球の魅力に及ばないように思う。中等野球は情熱自体がたくまざるアトラ....
「戦後新人論」より 著者:坂口安吾
ない。 戦後派の人気者の一つに職業野球がある。戦前に野球の主流であった六大学も
甲子園大会も都市対抗も、今では、プロ野球の新人発掘の温床として注目される程度とな....
「明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
タを承知で見物するから、むしろ楽しく見ることができる。そういうわけで、私は昔から
甲子園のファンなのである。わざわざ見物にでかけることもあるが、
甲子園での人気は大....
「迷信解」より 著者:井上円了
ばず」とて、すぐに軍を出だし、果たして勝利を得たりとのことじゃ。また、周の武王は
甲子をもって興り、殷の紂王は
甲子をもって亡ぶといえる話がある。すなわち、昔シナに....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
向井将監」の本読みをすることになったが、その頃になって歌舞伎座の仕切場に出ている
甲子屋萬蔵というのが遅れ馳せに出席した。なぜこういう人までが劇談会に加入している....
「粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分)」より 著者:三遊亭円朝
跡であると申すを、此の国府の台を訛伝えて鴻の台と申すのだろうが、慥か永禄の七年|
甲子の正月七日八日の戦いは激しかったという、向う葛西領の敵手は北條氏綱氏康父子が....