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男体山
「男体山〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
男体山の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「忘れえぬ人々」より 著者:国木田独歩
急に頽こんでいて数里にわたる絶壁がこの窪地の西を回っているのが眼下によく見える。
男体山麓の噴火口は明媚幽邃の中禅寺湖と変わっているがこの大噴火口はいつしか五穀実....
「黴」より 著者:徳田秋声
として紙を見つめることもあったが、頭はやッぱり疲れていた。 空の晴れた日には、
男体山などの姿が窓からはっきり眺められた。社の森、日光の町まで続いた杉並木なども....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
四月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 日光中禅寺湖歌ヶ浜のいづみや旅館より(
男体山の絵はがき)〕
なかなか珍しい組み合わせで且つ珍しい小旅行です。只今湖....
「湯元の秋」より 著者:豊島与志雄
流されるようにして野の間を歩いたのである。 湯元から二十町ばかり山道を下ると、
男体山の穏かな姿が東方に聳えている、戦場ヶ原の高原に出る。広い平らな高原のうちに....
「山の神殺人」より 著者:坂口安吾
ぞ。日光の奥山がよい。日光へおびきよせてやらなければならぬぞ」 「そうだ。日光の
男体山の奥山でやらなければならぬ。中宮祠の裏のずッと奥の沢へでて藪の中でやらねば....
「塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
樹木は榧松と羅漢柏の大樹ばかりで、かれこれ一里半ばかり登りますと、西の方は日光の
男体山、此方は白根山が見えまする。 傳「どうだい、ひどい所だねえ、どうだえ、何ん....
「秋の筑波山」より 著者:大町桂月
り頂上まで一里卅二町とあれどこの頃新しく処々に立てられたる木標の示す所によれば、
男体山まで廿一町廿三間、
男体山より女体山まで八町、女体山より廿五町半、往復都合|....
「岩魚」より 著者:佐藤垢石
秩父連山。北方には榛名山、上越国境の谷川岳、武尊山、赤城山。東北には遠く奥日光の
男体山が雪を着て高く聳えるなど、まことに景勝の地を石坂家の邸は占めていた。 間....
「酒徒漂泊」より 著者:佐藤垢石
運命の坂を下っている。 私らはそこから行手をみてびっくりした。顧みれば、下野の
男体山から赤城、榛名、妙義、荒船、秩父山かけて大きく包まれている関東平野は、もう....
「平ヶ岳登攀記」より 著者:高頭仁兵衛
し、それが原因で世人に知られていないのである、また蓮華群峰や妙高山や日光|白根、
男体山、赤城山、浅間山、富士山からも見えるには、見えているはずであるが群峰畳嶂の....
「皇海山紀行」より 著者:木暮理太郎
にも一つあったと漸く探し出されるほど、顕著でない山なのである。自分も陸地測量部の
男体山図幅が出版されて、始めて「皇海山、二千百四十三米五」ということを知った。そ....
「随筆 新平家」より 著者:吉川英治
り……。 その小用をやりながら、いわゆる帝釈山脈の峰頭をながめ渡す。その中に、
男体山が見えるかどうか知らないが、ぼくはふと万葉か何かにあった好きな古歌をおもい....
「秋の鬼怒沼 」より 著者:木暮理太郎
いう。上州側は木立に遮られて眺望はないが、ふり返るときらきらと光る湯ノ湖を前に、
男体山が東の空を領して一幅の画を展開する。 暫く休んで国境の切明けを北に向って....