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畠山
「畠山〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
畠山の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「吉良上野の立場」より 著者:菊池寛
についての細かな費用の計算を始めた。 三 殿中で高家月番、
畠山民部大輔へ、 「今度の勅使饗応の費用の見積りですが、ちょっとお目通しを」とい....
「単独行」より 著者:加藤文太郎
と違うので二十時間の登行もこたえなかった。それはすぐ後の二月十三日に寝具さえない
畠山の小屋から針ノ木岳と蓮華岳に往復したんだし、二月十五日には上等の山小屋だった....
「応仁の乱」より 著者:菊池寛
起したのが、実に細川山名二氏の勢力争いである。 元来室町幕府にあっては、斯波、
畠山、細川の三家を三職と云い、相互に管領に任じて、幕府の中心勢力となって来た。此....
「蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
父の輝宗が板屋峠を踰《こ》えて大森に向い、相馬|弾正大弼《だんじょうたいひつ》と
畠山|右京亮義継《うきょうのすけしつぐ》、大内備前定綱との同盟軍を敵に取って兵を....
「雪たたき」より 著者:幸田露伴
等の拠るところとなった。其一党は日に勢を増して、漸く旧威を揮い、大和に潜んで居た
畠山尚慶を迎えて之を守立て、河内の高屋に城を構えて本拠とし、遂に尚慶をして相当に....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
たお友達の一人で、名前は敦子……あの敦盛の敦という字を書くのでございます。生家は
畠山と言って、大そう由緒ある家柄でございます。その
畠山家の主人と私の父とが日頃別....
「曽我の暴れん坊」より 著者:坂口安吾
が、一万箱王の二子(後の十郎五郎)は敵の大将の孫というので頼朝に殺されるところを
畠山重忠の口添えで辛くも命を助けてもらった。祐経を父の仇と剣の稽古に励んでいるな....
「雪の宿り」より 著者:神西清
はや何と申してよいやら、浅ましいのは人の世の名利争いではございますまいか。これが
畠山殿の御相続争いと一つになって、この応仁の乱れの口火となりましたのを思えば、そ....
「剣侠」より 著者:国枝史郎
地だ。源氏の発祥地ともいうべき土地だ。ここから源氏の諸豪族が起こった。秩父庄司、
畠山重忠、熊谷次郎直実等、いずれも武蔵から蹶起した武将だ。……がわしにかかわる事....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
か。 奥州平定の当時、諸将の賞賜せられた地方は明かなものが少い。『吾妻鏡』には
畠山重忠が狭少の葛岡郡(後玉造郡の一部)を与えられ、葛西清重が伊沢・磐井・牡鹿郡....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
ったが、執権北条氏の実力扶殖は着々進行していた。源氏重代の家来たち、和田・三浦・
畠山・比企・朝比奈・宇都宮などの諸豪族は北条氏に対する反感を深くしているのに乗じ....
「特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
ば賤民であるべき筈の者どもが、立派な大名になってしまった。すなわち北条時政とか、
畠山重忠とか、梶原景時とかいうような、一国或いは数国を領する様な大大名になってし....
「「特殊部落」と云う名称について」より 著者:喜田貞吉
のあるところに天下の権は帰する。ここに於いてさらにその頼朝の家人たる北条・梶原・
畠山等の輩は、一躍して大名になってしまった。京都|公家の官僚なる大江広元の輩まで....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
上之極也。 と尋尊僧正は憤慨している。文明二年八月国民の一つたる越知家栄が、
畠山義就に党して河内に出陣し、
畠山政長方と戦争したについても、尋尊はこれを批評し....
「針木峠の林道 」より 著者:木暮理太郎
得たと共に、単に登山という見地からいえば、惜しいことであるともいえる。この林道は
畠山の小屋附近までは、既に前年造られてあったもので、それから上の部分が今年|新に....