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疎石
「疎石〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
疎石の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「私本太平記」より 著者:吉川英治
ごらんなので」 「いや、この一詩は、先年、那須の雲巌寺よりお帰りのせつ立寄られた
疎石禅師から示されたものよ。……ああ、あの御僧も、その後、どこを雲水しておらるる....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
僧に、師の坊の経歴を聞かされて、彼は、まったくびっくりしてしまった。 師の名は
疎石、夢窓と号して、寧一|山の会下に参じ、仏国禅師の法脈をつぎ、今や、五山第一の....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
っている、ただそれだけの庭だろうか? 高氏は、やっと見つけた。いや彼の禅の師、
疎石和尚の眼をかりてただちにうなずき得たのであった。 空 それをこの庭は提唱....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
母の秋田氏、覚海夫人は、高時の父貞時が亡くなるとすぐ、仏国禅師の禅門に入り、また
疎石和尚を鎌倉へ請じるなどのことにも熱心だったひとで、女性ながら五山の叢林でもお....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
のだった。この修行は彼としてはすでに久しいもので、いま始まったことでもない。師の
疎石夢窓国師の許へは、在京中にも折あるごとに参じていたし、その師を都へ迎えたのも....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
窓国師を訪ねていた。 むかし、鎌倉にいた頃から深く帰依していたあの禅師(当時、
疎石)で、建武元年、尊氏のあつかいで朝廷にまねかれ、後醍醐もまた弟子の礼をとって....