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皇位
「皇位〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
皇位の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「飛騨の顔」より 著者:坂口安吾
とに入鹿は聖徳天皇の皇子、つまりヒダ王家の本当の嫡流たる山代大兄王を殺して自分が
皇位に即いていますが、実際は架空の人物で、彼は彼が殺した筈の山代大兄その人に当っ....
「学生と生活」より 著者:倉田百三
年がそれをもって満足することを好まない。 たとえば前イギリス皇帝の場合にしても
皇位を抛ってまでもの、シンプソン夫人への誠実を賞賛するにおいて私は決して人後に落....
「娘煙術師」より 著者:国枝史郎
ったが「いわく!」ともう一度言葉をなぞった。
「まことに日の本の実の姿と申せば、
皇位に即して主権存し、皇統に即して
皇位存し、連綿として二千幾百年、不純の物を一|....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
吉野にたてこもり、六十五年がほど抗争していた。 和解の条件は南北両朝から交互に
皇位につく約束であったが、後小松天皇以後への北朝はその約束をまもらないから、五十....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
る天武持統の両御夫妻帝(天武は天智の弟で、天智の御子大友親王≪弘文天皇≫を仆して
皇位に即き、実質的には現天皇家の第三祖に当られる御方のようです)はヒダとスワの両....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
必ず前天皇の子を皇太子に立てる風習はなぜだろう。 後年南北朝の休戦条約に交替に
皇位継承というのがあるが、それは当時の新工夫ではなく、非常に古い源流があったので....
「道鏡皇胤論について」より 著者:喜田貞吉
中には本書を通読することなくして、伝聞に訛伝を加えた場合が多かったらしく、道鏡は
皇位覬覦という様な不軌を図ったものでは無いとか、和気清麻呂の方がかえって不忠の臣....
「古寺巡礼」より 著者:和辻哲郎
ほとんど比べものにならない。天武帝が礼仏の雰囲気のうちで崩じたに反して、天智帝は
皇位継承のゴタゴタのうちに崩じたのである。天平文化に直接の基礎を置いたものは、天....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
、土御門上皇の皇子が即位せられた。これが後嵯峨天皇であった。これ以後北条氏の力は
皇位継承にまで常に干渉いたすようになった。後嵯峨天皇は英邁であらせられたが、幕府....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
っていたろう。――南北朝の大乱の因は、すべてそれだとまではいえないが、少なくも、
皇位継承などの重大事を、 かわりばんこ の約束事にまかせて来たなどが、悪因と....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
を蹴落して代わらせてみせる。――元々、北条家の血を母系にもつ准后の子などを、次の
皇位にすえるなどは言語道断であり、あくまで帝系の血は、高貴な流れでなければならぬ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
、以後、先帝ということになった。 そしてここに、 光明天皇 は、あきらかな
皇位をつがれたわけだが、それについて、もちろん後日の話だが、奇怪な説がのこってい....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
をやって義詮に策をさずけた。 光厳院の第三の皇子、弥仁親王(十五歳)を、しいて
皇位に即けたのである。 御母の広義門院は反対で、初め、どうしてもお許しになるみ....
「建国の事情と万世一系の思想」より 著者:津田左右吉
であって、その中心観念は、皇室の祖先を宗教的意義を有する太陽としての日の神とし、
皇位(天つ日つぎ)をそれから伝えられたものとするところにあるが、それには政治的君....