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禧
「禧〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
禧の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
のように聞いていた。 そのうちに、新政府の参与兼外国事務|取調掛りなる東久世通
禧をはじめ、随行員|寺島陶蔵、伊藤俊介、同じく中島作太郎なぞの面々がその応接室に....
「鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
桂子さんともお附合なのです。その佐藤翁が新年に私へ下すったお手紙があります。 新
禧万祝、御歌いとをかしく、御出精のほど見えはべれ。加筆返上、其後御兄さまより御便....
「三国志」より 著者:吉川英治
、さて顧みると、退路は断たれていたのである。すなわち、この日魏軍は、神威将軍|董
禧、征西将軍|薛則の二手に、おのおの二万騎を付して、ふかく潜んでいたのだった。 ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
てしまったのはいうまでもない。 皇太子の姫盗みに会われた西園寺家の末むすめは、
禧子というお名であった。 しばらくは、皇太子との浮名沙汰など姦しく、他所に隠さ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
語気であった。 「あとへ残れ」 「お供はかないませぬか」 「ここには中宮(皇后の
禧子)もおり、余の女房の小宰相や大納言ノ局もおる。水仕の末の女童まで、そもじを見....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
される青い檳榔の糸毛車なので、内のおん方も、誰かと、ただすまではない。 中宮の
禧子(後醍醐の正后)の君で、前の御簾も、まざまざ、捲き掲げられてある。 「……名....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
子だけに、はたと、ご当惑な眉だった。 もとより廉子は皇后ではない。都には皇后の
禧子がある。 が、その自意識において彼女は皇后とおなじ気位をほこっていた。三人....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
一切の慎みが守られ、市中にも数日の鳴物|停止が令せられた。――ご病中だった皇后の
禧子がおなくなりになったからである。 そのため宮中はここひっそりで、諸政、一頓....