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移封
「移封〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
移封の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「大阪夏之陣」より 著者:菊池寛
招集せしは何故ぞや。 三、城中戦備を整うるを以て、人心の動揺甚し、暫く大和郡山に
移封あるべし。 増封乃至は増封的転封を拒絶し、転封だけさせようと云うのであるか....
「小田原陣」より 著者:菊池寛
から家康に関八州を与える意図は有ったらしい。 尤も徳川方の御用歴史家なんか此の
移封を以て一種の左遷と見做し、神君を敬遠したるものとして秀吉に毒づいて居る。安祥....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
よたく》だ」 「それで、北条の亡んだ後に、徳川氏が駿遠参の故土から、この関八州へ
移封されたのだが、もともと租税の安いところであったから、徳川氏の方では非常に迷惑....
「馬妖記」より 著者:岡本綺堂
名高くなったが、その功によって徳川家からは疎略にあつかわれず、筑前から更に中国に
移封して、備前美作五十万石の太守となった。神原君の祖先茂左衛門|基治も主人秀秋に....
「宮本武蔵」より 著者:吉川英治
臣が畏敬していたかというよい話がある。 それは細川家が豊前小倉の領地から熊本へ
移封された時のこと――その入城式に、忠利は熊本城の大手の正門で駕籠を下り、衣冠着....
「随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
さまで困難ではない。 本多忠勝の嫡子美濃守忠政は、元和三年に姫路の城主になって
移封している。姫路には従前の関係で、武蔵の門下が多く、武蔵のうわさも従って忠政の....
「柳生月影抄」より 著者:吉川英治
か」 「外様、譜代を問わず、諸侯の内秘や藩政の非点をつかんで、これを糺問に附し、
移封、減地、或いは断絶などの――荒療治をやらねばならない当面の悪役が大目付じゃ。....
「春雪の出羽路の三日」より 著者:喜田貞吉
間時に幕府の直轄地ともなったこともある。かくて明和四年に秋元家が、六万石でここに
移封したさいには、城郭の荒廃すこぶるはなはだしくなっていた様子であるが、秋元氏こ....