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窮死
「窮死〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
窮死の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「悟浄歎異」より 著者:中島敦
が動揺を受けないように、平生《へいぜい》から構えができてしまっている。いつどこで
窮死《きゅうし》してもなお幸福でありうる心を、師はすでに作り上げておられる。だか....
「李陵」より 著者:中島敦
めではない。 後五年、昭帝の始元《しげん》六年の夏、このまま人に知られず北方に
窮死《きゅうし》すると思われた蘇武《そぶ》が偶然にも漢に帰れることになった。漢の....
「弟子」より 著者:中島敦
》季平子《きへいし》を討とうとしてかえって国を逐《お》われ、亡命七年にして他国で
窮死《きゅうし》する。亡命中帰国の話がととのいかかっても、昭公に従った臣下共が帰....
「永遠のみどり」より 著者:原民喜
「怪物」の比喩《ひゆ》を頻《しき》りに想い出すのだった。 非力な戦災者を絶えず
窮死に追いつめ、何もかも奪いとってしまおうとする怪物にむかって、彼は広島の焼跡の....
「雪之丞変化」より 著者:三上於菟吉
憤恨《ふんこん》とに焦《こ》げるのである。父親を、破滅させて、陋巷《ろうこう》に
窮死させた、あの残忍な一味の主魁《しゅかい》が、今や、一世の栄華を擅《ほしいまま....
「私は誰?」より 著者:坂口安吾
ろう」と云って、事実五十年後より流行し、生前はあまりはやらなかったという。ポオは
窮死し、啄木は貧困に苦しんだ。 然し貧乏などゝいうものは一向に深刻なものではな....
「街はふるさと」より 著者:坂口安吾
電話では足りない用を彼に託して帰京してもらうことにした。 「彼は若年にして陋巷に
窮死するのが、むしろ幸福なのさ」 と、青木は放二の死を批評した。彼は元来、放二....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
治七年なり。取り残されたる一団は解散し、金次、慶吉らは本国に帰着せるも、彼の地に
窮死せる者、行方知れざるもの多し。小蝶は黒人と結婚して曲馬団に加わり七八年がほど....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
に合わない無銭遊興、押込強盗、ヤケ酒の生活から遁れることができない。末はどこかで
窮死するか殺されるか、それも遠い先の運命ではなさそうだ。江戸に残してきたお久美に....
「人口論」より 著者:マルサストマス・ロバート
である。彼らはその仕事が需要されるある場所に移住するか、または貧困の極《きわみ》
窮死するかしかない。かれらの労働がわずかにまたほんの時々使用される結果として、彼....
「黒い手帳」より 著者:久生十蘭
欧羅巴では、なんの生活力ももたぬ孤立無援のこの東洋人夫婦にとって、このような場合
窮死は空想ではなく、極めてあり得べき事実なのである。この能なしの夫婦にとって賭博....
「智恵子の半生」より 著者:高村光太郎
り常規を逸した素行があり、そのため遂に実家は破産し、彼自身は悪疾をも病んで陋巷に
窮死した。しかし遺伝的といい得る程強い素質がそこに流れていると信じられない。又彼....
「我が円朝研究」より 著者:正岡容
た」 云々とある。 このお里との間へできた「一子」が、のち陋巷《ろうこう》に
窮死した朝太郎で、私の『慈母観音』という小説にはその若き日の姿が採り上げられてい....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
世絵在来の人物画を描きしの故か名声漸く地に落ち遂に錦絵を廃して陋巷《ろうこう》に
窮死せり(明治三十七年七十三歳を以て歿す)。然れども今日《こんにち》吾人の見る処....
「志士と経済」より 著者:服部之総
読むと、「シミズ・セイイチ」(二十五歳)は親譲りの青森浪人で仙台の裏長屋に父親が
窮死して後方々に仕官の伝手《つて》を求めたが、外国貿易以来諸物価騰貴し、支出は嵩....