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「窮民〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

窮民の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
戯作三昧」より 著者:芥川竜之介
、評判の高い大賊《たいぞく》である。それが大名屋敷へばかり忍び込んで、盗んだ金は窮民へ施したというところから、当時は義賊という妙な名前が、一般にこの盗人《ぬすび....
十円札」より 著者:芥川竜之介
さん》である。悲惨?――あるいは悲惨ではないかも知れない。衣食の計に追われている窮民《きゅうみん》の苦痛に比《くら》べれば、六十何銭かを歎ずるのは勿論|贅沢《ぜ....
聖アレキセイ寺院の惨劇」より 著者:小栗虫太郎
が事態は急転して、日本軍の沿海州撤退を転機に極東白系の没落が始まり、瞬く間に白露窮民の無料宿泊所と化したのであるが、一時は堂に溢れた亡命者達も、やがて日本を一人....
応仁の乱」より 著者:菊池寛
いて、徳政の令一度発せられるや、貸借はその瞬間に消滅するのであった。 増大する窮民はその一揆の口実に徳政を称え、亦奢侈の結果負債に窮した幕吏も、此の点に於て相....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
の深刻な不景気に加えて、将軍進発当時の米価は金壱両につき一斗四、五升にも上がり、窮民の騒動は実に未曾有の事であったとか。どうして天明七年の飢饉のおりに江戸に起こ....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
丞|鄭雍の甥の鄭某は拱州に住んでいた。その頃、京東は大饑饉で、四方へ流浪して行く窮民が毎日つづいてその門前を通った。 そのなかに一人の女があった。泥まぶれの穢....
開運の鼓」より 著者:国枝史郎
上野広小路に救い小屋を設けて、幕府では貧民を救助した。また浅草の米蔵を開いて籾を窮民に頒ったりした。しかしもちろんこんな事では日々に増える不幸の餓鬼どもを賑わす....
首頂戴」より 著者:国枝史郎
、是ト馴染ンデ党中トナリ、変幻出没ヲ同ジウス、星五郎強奪度無シト雖モ、ヨク散ジテ窮民ヲ賑ス、云々。 兎まれ大岡越前守が、この暁星五郎なる賊を、幾度か捕えようと....
前記天満焼」より 著者:国枝史郎
存ぜられます」 「俺は蔵書を売り払って、二万両の金を手に入れたが、日に日に増える窮民を、救ってやることは不可能だ」 「限りない人数でございますので」 「それで、....
安吾人生案内」より 著者:坂口安吾
奈汝何 節山居士 抑々男女室に居るは人の大倫であり、鰥寡孤独は四海の窮民である。天下に窮民なく、人々家庭の楽あるは太平の恵沢である。家に良妻ある程幸....
奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
は、果してどの辺までであったであろう。『吾妻鏡』文治五年十一月八日の条によれば、窮民賑給のために農料種子を供給した範囲は、磐井・胆沢・江刺・和賀・稗貫の五郡であ....
本州における蝦夷の末路」より 著者:喜田貞吉
為すにありまして、中には成功して富有なものになり、飢饉の際に多くの穀物を義捐して窮民を救い、位階を授けられたという様な気の利いたものもありますが、多数は祖先以来....
南半球五万哩」より 著者:井上円了
決して美ならず。室内は不潔の家多く、路上には敝衣を着たる貧民多く、ロンドン東部の窮民窟を見るがごとし。街路は一般に狭隘にして、電鉄縦横に通じ、電車織るがごときも....
特殊部落と細民部落・密集部落」より 著者:喜田貞吉
、彼らにとって一大打撃であった。ことに近年は、地方に於いて職を得難い彼らの仲間の窮民が、多く三都の地に流れ込む。東京や大阪などでは、普通の細民の部落へうまく隠れ....
濫僧考」より 著者:喜田貞吉
の者」とある在俗のこの法師原、これ実に当時の貴紳たる三善清行の目に映じたところの窮民の状態であった。そしてそれは実に同じ頃の「延喜式」に「濫僧であったのである。....