節供[語句情報] » 節供

「節供〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

節供の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
水の女」より 著者:折口信夫
容を小別けしてみると、鎮花祭の後すぐに続く卯月八日の花祭り、五月に入っての端午の節供や田植えから、御霊・祇園の両祭会・夏神楽までも籠めて、最後に大祓え・盂蘭盆ま....
鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
菖蒲畑を思出しました。そこは湿地のためか育ちがよくて、すくすくと伸びますので、御節供の檐に葺くといって、近所の人が貰いに来るのでした。根を抜くと、白い色に赤味を....
釘抜藤吉捕物覚書」より 著者:林不忘
。おなじく十五日、貴賤|小豆粥《あずきがゆ》を炊くのは、平安の世のいわゆる餅粥の節供で、同時に毬杖《ぎっちょう》をもって女の腰を打つしきたりも、江戸をはじめ諸国....
山の人生」より 著者:柳田国男
に怪力の人が輩出したといい、或いはまた大人が鎮守を約諾して、そのかわりには五月の節供に菖蒲を葺かず、節分に豆をまくなかれと言ったとあって、永く正直にこの二種の物....
野草雑記・野鳥雑記」より 著者:柳田国男
饅頭ぐさ、伊予の周桑郡でも、卵草と併存してまた柴餅草という名がある。柴餅は五月|節供の日に作る餅で、いわゆる亀の子ばらなどの葉に包んだ餡入の餅であるが、これなど....
木綿以前の事」より 著者:柳田国男
は甑でふかすこと今日の赤飯のごとくであったが、そんな方法をもって飯を製することは節供の日ばかりになった。是もハガマすなわち鍔のある釜や、竈の作り方の変化と関係の....
こども風土記」より 著者:柳田国男
の方をただネンと呼んでいるが、起りの一つであったことは疑いがない。昔は九月九日の節供の日の子ども遊びであったというが、今ではもう常の日にもすることがあるらしい。....
日本の伝説」より 著者:柳田国男
………石神様 長生郡高根本郷村宮成………………………………………………………新箸節供 山武郡大和村山口……………………………………………………………雄蛇の池 君....
年中行事覚書」より 著者:柳田国男
ういう重々しい節の日と併行して、民間にも数々のセチビが認められていた。いわゆる五節供節供には限らず、九月の秋祭、十月の亥の子、その他毎月の日待月待までを、鹿児....
母の手毬歌」より 著者:柳田国男
たしは知っている。一つは鳥取県のある山村だけで聴いたことだが、蓆旗といって五月の節供のまえの晩、子どもが欲しいのに産まれないという家の前に、若者連中がこっそりと....