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納涼
「納涼〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
納涼の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「義血侠血」より 著者:泉鏡花
》せば学問好き。 二 金沢なる浅野川の磧《かわら》は、宵々ごとに
納涼の人出のために熱了せられぬ。この節を機として、諸国より入り込みたる野師らは、....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
、きょうはこのくらいにしておこう。おめえも数《かぞ》え日《び》にここでいつまでも
納涼《すず》んでもいられめえ。家へ帰って嬶《かかあ》が熨斗餅《のしもち》を切る手....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
これもそれと似寄りの話で、やはり十七年の秋と思う。わたしが、父と一緒に四谷へ
納涼ながら散歩にゆくと、秋の初めの涼しい夜で、四谷伝馬町の通りには幾軒の露店が出....
「伯爵の釵」より 著者:泉鏡花
。 成程、島を越した向う岸の萩の根に、一人乗るほどの小船が見える。中洲の島で、
納涼ながら酒宴をする時、母屋から料理を運ぶ通船である。 玉野さえ興に乗ったらし....
「海の使者」より 著者:泉鏡花
もなしに、何となく夕暮の静かな水の音が身に染みる。 岩端や、ここにも一人、と、
納涼台に掛けたように、其処に居て、さして来る汐を視めて少時経った。 ....
「妖僧記」より 著者:泉鏡花
認めたる連中は、これをお通が召使の老媼に語りて、且つ戯れ、且つ戒めぬ。 毎夕|
納涼台に集る輩は、喋々しく蝦蟇法師の噂をなして、何者にまれ乞食僧の昼間の住家を探....
「化鳥」より 著者:泉鏡花
げたり、花の枝をかついだりして千鳥足で通るのがある。それは春のことで。夏になると
納涼だといって人が出る。秋は蕈狩に出懸けて来る、遊山をするのが、皆内の橋を通らね....
「慈悲心鳥」より 著者:岡本綺堂
と教えしより、泥酔していた小牧は、むかしの恨みを思い出してむらむらと殺意を生じ、
納涼に行く振りをして表へ飛び出し、彼のあとをつけて含満ヶ渕まで行くと、磯貝は誰や....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
全国絵画共進会「美人観月」一等褒状 同 二十五年 京都春期絵画展覧会「美人
納涼」一等褒状 同年 米国シカゴ博出品(農商務省下命画)「四季美人」二等....
「京の夏景色」より 著者:上村松園
ませんでした。川風の涼しさ、水の中の床几やぼんぼり、ゆらゆらと小波にゆれる灯影、
納涼客、仲居さんなどと、賑やかなくせに涼し気なそしてのんびりとした夏景色でござい....
「三枚続」より 著者:泉鏡花
れば、取縋る法もあるけれども、対手方はそれなり口も利かなかった咄嗟の間、お夏は船
納涼の転寝にもついぞ覚えぬ、冷たさを身に感じて、人心地もなく小刻につかつかと踵を....
「式部小路」より 著者:泉鏡花
ろと式部小路を抜ける位。 月夜烏もそれかと聞く、時鳥の名に立って、音羽|九町の
納涼台は、星を論ずるに遑あらず。関口からそれて飛ぶ蛍を追ざまに垣根に忍んで、おれ....
「思い出草」より 著者:岡本綺堂
あった。これもそれと似寄の話で、やはり十七年の秋と思う。わたしが父と一所に四谷へ
納涼ながら散歩にゆくと、秋の初めの涼しい夜で、四谷|伝馬町の通りには幾軒の露店が....
「寛政時代の娘納涼風俗」より 著者:上村松園
深になりますと反って凄うなりますから、宵の口で月蝕というものを題にして夏の夕方の
納涼気分を現わしただけに過ぎません。 私の画はモデルは余り用いませんが、只顔の....
「南半球五万哩」より 著者:井上円了
人口五十一万四千を有し、スカンジナビア三国中の最大都なり。毎夕チボリー園内には、
納涼および遊覧者群集す。そのうちには種々の興行ものありて、わが浅草公園に似たり。....