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罹災者
「罹災者〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
罹災者の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
埋っているのも少くないとの事である。 ◯この前の雪の日の盲爆(二・二五)に八万の
罹災者を生じたが、今度はその数倍らしい。 ◯今日は三日月だが、
罹災者の姿痛々しく....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
のであると云うことを、この頃になってつくづく悟った。私たちばかりでなく、すべての
罹災者は皆どこかで此の失費と面倒とを繰り返しているのであろう。どう考えても、怖る....
「親友交歓」より 著者:太宰治
か、罹災したのか。はじめて聞いた。それじゃ、いろいろ特配をもらったろう。こないだ
罹災者に毛布の配給があったようだが、俺にくれ」 私はまごついた。彼の真意を解す....
「棺桶の花嫁」より 著者:海野十三
ぐろと上ひろがりにクッキリとついていた。中には何があるのか、その前には四、五人の
罹災者が、熱心に覗きこんでいた。そのうちの一人が、列を離れて、杜の方に近づきざま....
「大震火災記」より 著者:鈴木三重吉
いて非常に御心痛あそばされ、当日ただちに内田臨時首相をめし、政府が全力をつくして
罹災者の救護につとめるようにおおせつけになりました。二日の午後三時に政府は臨時震....
「堕落論」より 著者:坂口安吾
、一枚のトタンがかぶせてある。かたわらに銃剣の兵隊が立っていた。行く者、帰る者、
罹災者達の蜿※たる流れがまことにただ無心の流れの如くに死体をすりぬけて行き交い、....
「安吾巷談」より 著者:坂口安吾
、ギュウ/\詰めではなかった。さすればヤジウマの大半が終電事につめかけたわけで、
罹災者の乗りこむ者も多いから、終電車の阿鼻叫喚が思いやられた次第であった。 網....
「一商人として 」より 著者:相馬愛蔵
、思わず全員飛び出して万歳を叫んだ。この荷が手に入ったので私は店頭に張り出して、
罹災者の方々へは小麦粉を原価の四円で分けて上げることにし、製品のパンや菓子も従前....
「指輪一つ」より 著者:岡本綺堂
、ときどきに土地の青年団が案内してくる人たちを泊めるだけでした。それはみな東京の
罹災者で、男女あわせて十組の宿泊客があったが、宿帳に記された住所姓名も年齢も西田....
「アイヌ神謡集」より 著者:作者不詳
. その時は槍や刀のさきを互いに突き合せながらお悔みの言葉を交します.一つの村に
罹災者が出来ると,近所の村々から沢山の代表者がその村に集ってその儀式を行いますが....
「起ち上る大阪」より 著者:織田作之助
のではなかったかも知れない。しかし、前書はもうこれくらいで充分であろう。 ある
罹災者の話である。名前はかりに他三郎として置こう。そして私の好みに従って、他アや....
「十番雑記」より 著者:岡本綺堂
ものであるということを、この頃になってつくづく悟った。私たちばかりでなく、総ての
罹災者は皆どこかでこの失費と面倒とを繰返しているのであろう。どう考えても、怖るべ....
「九月四日」より 著者:岡本綺堂
しい。それには罹災後のよんどころない不摂生もあろう。罹災後の重なる心労もあろう。
罹災者はいずれもその肉体上に、精神上に、多少の打撃を蒙らない者はない。その打撃の....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
伍者はいつの時代にも生ずる。大正十二年の関東大震火災によって、一度に生じた多数の
罹災者の中には、もしこれが古代に起ったのであったならば、おそらく多くの非人が生じ....
「融和問題に関する歴史的考察」より 著者:喜田貞吉
でした。先年の関東大震火災の際の如きも、手当てが早く行き届きましたから、気の毒な
罹災者もたいていは復興の途につくことができましたが、あれがもし昔の時代に起ったと....