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「群書〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

群書の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
土佐、遠江、伊勢、紀伊、伊豆、上総、八丈島などで、海には海嘯が吼えた。 「土佐国群書類従」に載せた「谷陵記」には、「崎浜談議所の住僧権大僧都阿闍利暁印が記録略に....
雪の宿り」より 著者:神西清
、なまじえせ連歌など弄ぶわたくしの思い過しもございましょう。お文倉には和漢の稀籍群書およそ七百余合、巻かずにして三万五千余巻が納めてありましたとのことで、中には....
「焚書時代」の出現」より 著者:中井正一
退いて図書館界を省みると、この一隅の世界もまた、火炎の中にあるのである。いま、『群書類従』を古本として売れば、本としてよりも、紙として売る方が値がよいと専門家は....
図書館法楽屋話」より 著者:中井正一
である。信じたいのである。 今、青年達の読書力は日に日に落ちつつある。一年前『群書類従』の古本に売る値段は紙屋に硫酸で溶かすために売る値段と余り違わず、日に日....
秋の筑波山」より 著者:大町桂月
歴史に趣味を有する者は、何人も北畠|親房の関城書といふ者を知れるなるべし。其書、群書類従の中に収めらる。これ当年親房が結城親朝に与へたる手紙をひとまとめにしたる....
安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
撮したのも見たことがあったし、写本の一種も見たことはあったが、今は私の手もとには群書類従もない。岩波文庫本が一冊あるだけだ。ほかの本のことは知らないが、岩波本は....
「良書普及運動」に寄せて」より 著者:中井正一
のこころから去っていったとしたならば、それはまことに容易ならざることである。 『群書類従』が、紙の値段と一つに売られて、硫酸で焼かれていると聞いたとき、まことに....
八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
ので、無知なる田夫野人の口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが、自ら群書を渉猟する事が出来なくなってからも相変らず和漢の故事を列べ立てるのは得意の羅....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
じていたが、いよいよ文学を生命とするとなると、それまでは閑余の漫読に過ぎなかった群書の渉猟にヨリ一層進んで深く造詣しなければならぬから骨が折れた。然るに二葉亭の....
梅雨晴」より 著者:永井荷風
、唖々子の持出した『通鑑』や『名所図会《めいしょずえ》』、またわたしの持出した『群書類従』、『史記評林』、山陽の『外史』『政記』のたぐいとは異って、皆珍書であっ....
奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
しく田原藤太秀郷の後裔であったという。その伝うるところ区々ではあるが、試みに『続群書類従』所収、「奥州御館系図」によると、 秀郷―千常―文脩┬文行―公光―公清―....
法隆寺再建非再建論の回顧」より 著者:喜田貞吉
最も難点であった日本紀の記事に対して、鋭利なるメスを振るわれたのであった。同君は群書類従所収聖徳太子伝補闕記の記事によって、日本紀の天智天皇九年庚午四月卅日夜半....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
昭和四年に佐佐木信綱博士が発見されたのによって、その考は全く覆されてしまった。『群書類従』に入れられた『金槐集』には、終に一本及び印本所載とある五十二首の歌が附....
I駅の一夜」より 著者:中谷宇吉郎
文庫が一棚ぎっしり並んでいて、その下に「国史大系」だの、『古事記伝』だの、「続|群書類従《ぐんしょるいじゅう》」だのという本がすっかり揃《そろ》っているのである....
エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
にいた天部部落が、今になおあまべと呼ばれていたらしい。「祇園三鳥居建立記」(「続群書類従」所収)に、 。云云。 と見えている。なおエタと細工との関係は、次項を....