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義兵
「義兵〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
義兵の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「神社合祀に関する意見」より 著者:南方熊楠
むつき》などを乾すこと絶えず。それより遠からず西の王子と言うは、脇屋義助が四国で
義兵を挙げんと打ち立ちし所なり。この社も件の出立王子と今一大字の稲荷社と共に、劣....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
月です。店の方にゃあ二人の異人と三人の日本人を使っています。日本人は徳助、大助、
義兵衛といって、みんな若けえ奴らです。商売は異人館ですから、やっぱり糸と茶を主《....
「安重根」より 著者:谷譲次
一です。この、韓国民の教育をはかるといる大目的のために、また一つには、私は本国の
義兵参謀中将ですから、こうしてこの三年間、国事に奔走しているのであります。私の国....
「近世快人伝」より 著者:夢野久作
、彼は戦いに勝ったであろうものを、斯様な無礼を働らいて神慮を無視したために勤王の
義兵でありながら一敗地に塗れた……』 衣冠束帯の神主が得意然とここまで喋舌って....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
て翌朝井林を追い却《かえ》した。去年予寄附金集めに三十六年ぶりで上京した時、井林
義兵を挙げて馳け付けたが一文もくれなんだ。 さて、応挙まことに画の妙手で、矢背....
「ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
んのはだか身でもって奥州や伊勢や諸所方々で軍を起こして負けては逃げ、逃げてはまた
義兵を集め、一日だって休むひまもなく天子様のために働きましたよ、それにくらべると....
「赤坂城の謀略」より 著者:国枝史郎
ろうと、そう決心したのであった。 その御奉公の最初の現われが、赤坂築城であり、
義兵の旗あげであり、そうして今度の籠城戦であった。 詭計のためとは云いながら、....
「二葉亭追録」より 著者:内田魯庵
れたら大統領は魯か文部の長官にだって選ばれそうもない。ダンヌンチオも日本だったら
義兵を募る事も軍資を作る事も決して出来なかったろう。西洋では詩人や小説家の国務大....
「三国志」より 著者:吉川英治
です。けれど手前は、第一にまず大人が悪人でないことを認めました。第二に、ご計画の
義兵を挙げることは、すこぶる時宜をえておると存じます。第三は、あなた方のお力をも....
「三国志」より 著者:吉川英治
、隊長の行為を怪しみながら答えた。 「故郷の※郡に帰って、諸国の英雄に呼びかけ、
義兵を挙げて再び洛陽へ攻め上り、堂々、天下の賊を討つ考えであったのだ」 「さもこ....
「三国志」より 著者:吉川英治
かれましては、泗上の亭長に身を起したまい、三尺の剣をさげて、白蛇を※蕩山に斬り、
義兵をあげて、乱世に縦横し、三年にして秦をほろぼし、五年にして楚を平げ、大漢四百....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
頃来、こつねんと吉野山の愛染宝塔に拠って砦をきずき、諸国へむかって、公然、 “
義兵ヲ募ル” の令旨を発しているという。 また。とかくこの鎌倉では「名もない....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
恣ニ振ヒ 積悪 已ニ天誅ニ値ス ココニ至リ 累年ノ宸襟ヲ休ンゼンガ為 将ニ一挙ノ
義兵ヲ起サントス 叡感 尤モ深シ 抽賞何ゾ浅カラン 宜シク 早クニ 関東征伐ノ策....