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老公
「老公〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
老公の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「吉良上野の立場」より 著者:菊池寛
ど、内匠頭が切腹を命ぜられたのは自業自得のようなもので、恨めば公儀を恨むべきで、
老公を恨むところはないはずですが、ただ内匠頭が切腹のとき、近臣の士に、この怨みを....
「食魔」より 著者:岡本かの子
ことであった。彼は人伝てにこの事を聞いたとき、政治家の傍、あれだけの趣味人である
老公が、舌に於て最後に到り付く食味はそんな簡単なものであるのか。それは思いがけな....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
て別荘風な西洋造りの建物がある。そこには吉左衛門時代から特別に縁故の深い尾州家の
老公(徳川|慶勝)が晩年の日を送っている。
老公と半蔵との関係は、旧い木曾谷の大領....
「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」より 著者:宮本百合子
のことは「アンナ・カレーニナ」にも現れているし、「戦争と平和」の中に、アンドレー
老公爵と息子アンドレー、公女マリアとの関係等にもきびしく描かれている。ゴーリキイ....
「私の科学知識」より 著者:宮本百合子
になっている頂上の時に代数がはじまる。トルストイの「戦争と平和」の中のアンドレイ
老公が女の愚劣さを制するためにと公爵令嬢マリアに数学をやらせている描写がある。同....
「明治美人伝」より 著者:長谷川時雨
が、あの老侯爵に侍《かしず》いて三十年、いたずらに青春は過ぎてしまったのである。
老公爵百年の後の彼女の感慨はどんなであろう。夫を芸妓に心中されてしまった彼女の母....
「明治大正美人追憶」より 著者:長谷川時雨
、やっと、大正十二年大震後のことではないか。 あの謹厳な、故|山県《やまがた》
老公もまた若くて、鎗《やり》踊りをおどったとさえ言伝えられる、明治十七、八年ごろ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
労力とをかけて築造して、いったい何になるのだろうというようなこと、要するに水戸の
老公の御機嫌に供えるためさ――といったような調子も出て来る。 この二人は、徳川....
「ジャン・クリストフ」より 著者:豊島与志雄
かし必要な場合には、正確な尺度で見ることも同時にできるのだった。高遠な神秘主義と
老公証人めいた策略とが、小気味よく混じり合ってる性質だった。彼女は人を支配する習....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
ていた。
「お退り召され」
伊集院が、膝を立てて、仙波にいった。丁度、その時、
老公の顔と、名越の顔とが合ったので、名越が、平伏する。仙波も、すぐ平伏した。
「....
「予言」より 著者:久生十蘭
、しばらく息をつめていると、間もなく福助はいなくなり、へんに淋しい感じもとれた。
老公のテーブルスピーチなどがあり、賑々しく派手な晩餐会で、八時からホールでダンス....
「自作肖像漫談」より 著者:高村光太郎
出し針で木彫に写される時むざんに歪められてしまうような事も少くなかった。松方正義
老公の銀像、大倉喜八郎男夫妻の坐像、法隆寺貫主の坐像などが記憶にのこっている。松....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
令ヲ聞クモ、天子ノ詔ハ聞カズ」ということばすら信ぜられているものを――と、上卿の
老公卿は危ぶみ、また、名分の稀薄を指摘するのだった。 こんな論議のうち、いつか....
「はつ恋」より 著者:神西清
って来た。 夕食のあとで、今度は私がザセーキン家へ行った。客間に入ってみると、
老公爵夫人きりしかいなかった。わたしの姿を見た夫人は、室内帽子をかぶった頭を、編....
「西園寺公の食道楽」より 著者:北大路魯山人
台付近の人々の不思議がったのは、園公邸から時折田舎めいた煙の立ち上る事で、これは
老公が松薪でたいた飯でなければ口にせぬからで、また魚屋などへの注文もたひの目玉だ....