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聖霊
「聖霊〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
聖霊の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「十二月八日」より 著者:太宰治
人間は変ってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になるような感じ。あるいは、
聖霊の息吹《いぶ》きを受けて、つめたい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち....
「「いき」の構造」より 著者:九鬼周造
ケリヌスは、類概念を名目に過ぎずとする唯名論《ゆいめいろん》の立場から、父と子と
聖霊の三位は三つの独立した神々であることを主張して、三神説の誹《そし》りを甘受し....
「後世への最大遺物」より 著者:内村鑑三
の同情をもって、イエス・キリストの御名《みな》によって、父なる神の御名によって、
聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたま....
「クララの出家」より 著者:有島武郎
来てレオに代って講壇に登った。クララはなお顔を得上げなかった。 「神、その独子、
聖霊及び基督の御弟子の頭なる法皇の御許によって、末世の罪人、神の召によって人を喜....
「パンドラの匣」より 著者:太宰治
の健康道場にはいったのには、だから何も理由なんか無いと言いたい。或る日、或る時、
聖霊が胸に忍び込み、涙が頬を洗い流れて、そうしてひとりでずいぶん泣いて、そのうち....
「愛と認識との出発」より 著者:倉田百三
とに古えの敬虔なる説教者が愛は本来人間のものではなく、神より来たりしもの、浄めの
聖霊であるというたのもまことと思われるほど私の心のなかの他のものより際だって輝い....
「五月の唯物観」より 著者:寺田寅彦
のである。 『徒然草』の「あやめふく頃」で思い出すのはベルリンに住んではじめての
聖霊降臨祭の日に近所の家々の入口の軒に白樺の折枝を挿すのを見て、不思議なことだと....
「レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
まで震えます。」彼女らは青い服をつけ、白い帽子をかぶり、鍍金《めっき》銀か銅かの
聖霊メダルを胸につけていた。大祭典の日には、特に聖マルタの日には、修道女の服装を....
「生活と一枚の宗教」より 著者:倉田百三
におちいる。けれどもキリストはああいうようにできたのはなぜかというと、一つ一つの
聖霊を見ている。
聖霊に導かれてああいうふうにことをきめていた。
聖霊の命ずるように....
「桜の園」より 著者:神西清
しい気持で、眺めるんだわ…… ガーエフ いまだに覚えてるが、わたしが六つのとき、
聖霊降臨の日曜日に、わたしがこの窓に腰かけて見ていると、お父さんが教会へ出かけて....
「おみな」より 著者:坂口安吾
いは今にも怒りだして喚きそうになっている。そのくせ私の瞬間の脳裡には、汚辱の中の
聖霊の代りに、モナリザの淫らな眼が映り、私の飽食を忘れた劣情がそれをめぐって蠢め....
「決闘」より 著者:神西清
る。だがそのため別に世の中が変りもしない。が御覧なさい、どっかのよぼよぼ爺さんが
聖霊に感じて、一言もぐもぐとやるか、或いはまたアラビヤから新しいマホメットが半月....
「青春の息の痕」より 著者:倉田百三
実行はできないように思われます。神の祭壇にはこれらのものをもひとたび献げなければ
聖霊を受け取ることはできないというのは、私はもっともとうなずかれます。そしてそれ....
「エリザベスとエセックス」より 著者:片岡鉄兵
。彼の父シャルル五世が、その薨去のとき天国に、そして「三位一体」(神とキリストと
聖霊との三位一体)に歓び迎えられたことについては、なんの誤解もあってはならぬ。チ....
「ファウスト」より 著者:ゲーテヨハン・ヴォルフガング・フォン
にも言わないのが、跡で好く分かって好い。
しかし筆記は勉強してしなくてはいかん。
聖霊が口ずから授けて下さると云う考でね。
学生
それは二度と仰ゃらなくっ....