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「聞書〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

聞書の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
省線電車の射撃手」より 著者:海野十三
君」 「早手廻しに、若主人の笹木|光吉というのを同道して参りました。ここに大体の聞書を作って置きました」 そう云って、多田刑事は、小さい紙片を手渡した。警部は....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
当たった。景蔵に言わせると、当時、鱗形屋の定飛脚から出たものとして諸方に伝わった聞書なるものは必ずしも当日の真相を伝えてはない。その聞書には、 「四月十一日。石....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
たいと思って持って来たもので、京都方面の飛脚|便りの中でも、わりかた信用の置ける聞書だった。当時ほど流言のおびただしくこの街道に伝わって来る時もなかった。たとえ....
煩悩秘文書」より 著者:林不忘
、 「宗七、いるか。」 低い、しゃ嗄れ声が土間に。 ぼんのう小僧噂の聞書 「お、川俣《かわまた》の旦那――。」 と宗七は、たちまちもとの、人に対す....
梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
祖父は旧藩時代から翁のお相手のワキ役を仰付られ、春藤流(今は絶えた)脇方の伝書聞書を持っていた。 そのせいか祖父灌園は非常というよりも、むしろ狂に近い只圓翁....
国枝史郎氏の人物と作品」より 著者:小酒井不木
けでもうその作品が如何に面白いものであるかは察せられるであろうと思う。「木曾風俗聞書薬草採」の予告が一度名古屋新聞にあらわれるや、国枝氏の崇拝者たちから毎日幾通....
歴史的探偵小説の興味」より 著者:小酒井不木
舞台が江戸であるということにいうにいえぬ嬉しさを覚える。綺堂氏自身もやはり「半七聞書帳」に於て、江戸の俤をうつすに苦心しておられるようである。歴史的でない普通の....
早耳三次捕物聞書」より 著者:林不忘
は、古い帳面と記憶を頼りに老人が思い出しながら話してくれたところを私がそのままに聞書したものである。乙未《きのとひつじ》だというから天保《てんぽう》六年の生れだ....
科学的研究と探偵小説」より 著者:小酒井不木
ない時代のことならそのつもりで読むから面白い。 綺堂氏の「半七捕物帳」や「半七聞書帳」などは、私は好きである。現代の小説は、あくまで現代の科学に立脚してほしい....
「ケット」と「マット」」より 著者:喜田貞吉
のとして恐れていたというのである。今去る九月に長野県|下水内郡桑名川へ行った時の聞書をまずここに断片的に紹介してみる。 越後の中魚沼郡と信濃の下高井郡とにわた....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
かに、早く藤岡作太郎博士の『異本山家集』の刊行があり、その後、佐佐木信綱博士の『聞書集』の発見、伊藤嘉夫氏の『聞書残集』の発見があったことは、その筋に興味のある....
性に関するアイヌの習俗」より 著者:河野広道
ッケ(褌)をはずして一物をさらけ出し、ホパラタしながら逃げていった。 (河野広道聞書、アイヌ調査資料のうち、穂別村の部より) 例2 猛熊もだじだじとなるというこ....
アイヌ宗教成立の史的背景」より 著者:知里真志保
1758)の著述と推定されるものでありますが、その本の上巻に、松前蝦夷地の風俗の聞書として、“日和もふし”という行事の記事が見えております。“日和申し”とは、天....
エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
には、むしろ掃除がエタの本職であるかの如くにまで解せられていた様である。「慶長見聞書」(「古事類苑」引)に、武州幸手の月輪院僧正が、エタの由来を説明した中に、 ....
俗法師考」より 著者:喜田貞吉
産所上。陰陽師とも呼ばれ、やはり縁組を嫌うと、これは同国柏原で永沢小兵衛君よりの聞書。 丹後 与謝郡加悦町算所。これは特殊部落とみなされ、明治四十年の調べには三....