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至徳
「至徳〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
至徳の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「文芸と道徳」より 著者:夏目漱石
ると云う事であります。こう言葉に現わして云うと何だか非常に悪くなりますが、いかに
至徳の人でもどこかしらに悪いところがあるように、人も解釈し自分でも認めつつあるの....
「ドグラ・マグラ」より 著者:夢野久作
十一月というのが安禄山が謀反を起した月で、天宝の年号は去年限り、今は安禄山の世の
至徳元年だ。天子様も楊貴妃様も、この六月に馬嵬で殺されてお終いになった。折角の忠....
「女性の諸問題」より 著者:倉田百三
、悩みや、争いはありながらも、それに即して、直ちに静かさがあるのである。これを「
至徳の風静かに衆禍の波転ず」と親鸞はいった。「生死即涅槃」といって、これが大涅槃....
「親鸞」より 著者:三木清
願転入の文に直ちについで、 「ここにひさしく願海にいりて、ふかく仏恩をしれり。
至徳を報謝せんがために、真宗の簡要をひろふて、つねに不可思議の徳海を称念す。いよ....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
って為重が仰せる蒙り、永徳三年(弘和三年)に一応完成した。がまた錯乱を修正して翌
至徳元年(元中元年)十二月に奏覧ということになった。かくて最後の完成は
至徳元年で....
「三国志」より 著者:吉川英治
周の文王は、天下の三分の二を領しながらも、なお殷に仕えていたので、孔子も周の徳を
至徳だとたたえられた。これあくまで君を冒さず、臣は臣たるの道である。――後、殷の....