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至知
「至知〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
至知の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「道徳の観念」より 著者:戸坂潤
。 カントによれば理論理性は夫が経験的に用いられる時、と云うのは感性的な直観乃
至知覚と結合して用いられる時、経験界の自然科学的な認識を齎す。之以外に正当に経験....
「科学論」より 著者:戸坂潤
は云うまでもない。実験と自然観察とに結び付いている帰納の論理は、彼の知識獲得法乃
至知識拡大法に他ならなかった。で、近世哲学が知識(乃至認識)の問題と共に始まった....
「イデオロギーの論理学」より 著者:戸坂潤
に、理論乃至科学が歴史社会的存在であると云うだけではない。それは何か文化社会学乃
至知識社会学の問題ででもあろう。又その真理内容の単に個々の場合々々が夫々の仕方に....
「イデオロギー概論」より 著者:戸坂潤
々はかくて、社会意識の問題へ媒介することが出来た。それは社会心理学を文化社会学乃
至知識社会学へ媒介することである(第四章及び第五章)。処が夫が、意識形態としての....
「現代哲学講話」より 著者:戸坂潤
口実にして、教養抜きの鑑賞の権利を承認することは出来ない。 無論批評に、教養乃
至知識が、即ち歴史的認識が、仮定されると云っても、批評に博識をひけらかすことでは....
「現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
学である筈だ。そこでは単なる感覚――それが一応積極的な役割を買って出ても――(乃
至知覚)は、そのままでは発言権を持たない。――物理的空間に於ては、感覚の役割はよ....
「思想としての文学」より 著者:戸坂潤
学や社会科学其の他と領域を隣するという意味での特殊科学であるよりも、一切の科学乃
至知識の基本的な要約諸点を取り上げるものでなくてはならないのであって、この要約諸....
「辞典」より 著者:戸坂潤
の歴史的過程に注意を集中する。之によれば、客観的実在は、まず第一に、感性(感覚乃
至知覚)によって捉えられる。だが無論之はまだ実在の全部を捉えたのではない。感性は....
「物理的空間の成立まで」より 著者:戸坂潤
ち合わぬとすればそれは空間直観とは云うことが出来ない。何となれば空間をなお感覚乃
至知覚と考える時にのみ心理学の教えるように二つの空間が異るものと考え得るのである....
「範疇としての空間に就いて」より 著者:戸坂潤
明するという道だけが残される。もし空間表象も亦単純感覚と同じ直接さに於ける感覚乃
至知覚であるとし、それがそれとは異っているが併し常にそれと結び付いている色の感覚....
「クリティシズムと認識論との関係」より 著者:戸坂潤
。この言語的特色をば観念という言葉で云い現わしても構わないが、音色や色彩の感覚乃
至知覚も観念と呼べるとすれば、観念という言葉はやや明晰なものではなくなる。寧ろ概....