艶名[語句情報] » 艶名

「艶名〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

艶名の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
蘭学事始」より 著者:菊池寛
茶婆《あおちゃばば》といって、幾人となく貰い子を殺した大罪の女であった。若い時、艶名をうたわれたといわれるだけに、五十を越しているというにもかかわらず、白い肥肉....
忠直卿行状記」より 著者:菊池寛
娘を得て、少しも慰まなかった彼は、さらに非道な所業を犯した。それは、家中の女房で艶名のあるものを私《ひそか》に探らしめて、その中の三名を、不時に城中に召し寄せた....
雪之丞変化」より 著者:三上於菟吉
ぶりを見せようと試みたわけであった。 菊之丞一座といっても、見込んでいるのは、艶名を謳《うた》われている女形《おやま》雪之丞の舞台で、それゆえ、出し物も、もっ....
十二支考」より 著者:南方熊楠
物考』一七一)。仏典に名高い得叉尸羅《たくしゃしら》城の青蓮尼、十七世紀に久しく艶名を馳《は》せた、仏国のニノン・ド・ランクローなど、似た事だが話が頗長《すこな....
明治美人伝」より 著者:長谷川時雨
驚かせた才女である。中年の女盛りには美人としての評が高く、洋行中にも伊藤公爵との艶名艶罪が囂《かまびす》しかった。古い頃の自由党副総理|中島信行《なかじまのぶゆ....
春昼後刻」より 著者:泉鏡花
の海の、水の底へも潜ろうと、(ことづけ)をしたのであろう。 この歌は、平安朝に艶名一世を圧した、田かりける童に襖をかりて、あをかりしより思ひそめてき、とあこが....
随筆 寄席囃子」より 著者:正岡容
深く、そういえばその「影絵は踊る」の女主人公も橘之助門下の某女だったし、橘之助と艶名を謳《うた》われた三遊亭圓馬(その頃のむらく)が私の師父にあたっているし、さ....
艶色落語講談鑑賞」より 著者:正岡容
を寄せて胸ときめかせながら写し絵の濡れ場に見入っている役者のような若旦那と柳橋に艶名高いうら若い美妓と、その時堅川の方へは星が一つ、青い尾を曳いてながれたろう。....
円朝花火」より 著者:正岡容
ちを嬉しく浮き上がらせている女は、成島柳北《なるしまりゅうほく》が「柳橋新誌」に艶名《えんめい》を謳われた柳橋のお絲《いと》。 「いや、あっしは駄目だ。お酒のほ....
わが寄席青春録」より 著者:正岡容
十年くらい早過ぎていたといえる。この支那服の人が、のち三上|於菟吉《おときち》と艶名を諷《うた》われ、汎太平洋婦人会議へ出席、女流飛行家となって死んだ北村兼子君....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
者を圧倒する若手の売出し役者はかの福助で、それが花のなかの花と謳われて、新駒屋の艶名が東京市中に喧伝されていた。かの団十郎の八重垣姫に対して勝頼をつとめ、団十郎....
三十年前の島田沼南」より 著者:内田魯庵
野文雄や小野梓と並んで改進党の三|領袖として声望隆々とした頃の先夫人は才貌双絶の艶名を鳴らしたもんだった。 その頃私は番町の島田邸近く住っていたので、度々島田....
私本太平記」より 著者:吉川英治
をさせるもので、道誉もまたこの社会では「伊吹さま」とか「箒ノ頭さま」とか、とかく艶名高い方だったから、いまさら師直へやぼな忿懣をもらしもならず、すでには席いっぱ....
新古細句銀座通」より 著者:岸田劉生
カフェータイガーの名は新しいが、その艶色は天下に轟いている。西洋料理屋の名を艶名とは如何とは、いうものが野暮である、殊にここには、文士、画家、役者、能役者等....