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若林
「若林〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
若林の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「業平文治漂流奇談」より 著者:三遊亭円朝
書《ふみ》にものしてつぎ/\に発兌《うりだ》すこととはなしぬ 明治十八年十一月
若林※藏識 一 此の度《たび》お聞きに入れまするは、業平文治漂流奇談と名題....
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
以上二十区 麹、麻、小、牛、芝、神、 豊、渋、足、葛、品、蒲、 渋、江、淀 ◯
若林国民学校へも罹災者一千名を収容、新校舎に入る。暢彦も十三日までで、あとやすみ....
「西洋人情話 英国孝子ジョージスミス之伝」より 著者:三遊亭円朝
白いお話をお聞に入れる積りでござりますれば、相変らず御贔屓を願い上げます。 (拠
若林※....
「縮図」より 著者:徳田秋声
世話の焼けない方だから、よかろうと思ってね。」 とお神は言うのだったが、若造の
若林もお前はんお前はんで子供扱いであり、いつもあまり興味のなさそうな顔で、酒も酔....
「ドグラ・マグラ」より 著者:夢野久作
受け取りながらチョットお辞儀の真似型をした。
九州帝国大学法医学教授
若林鏡太郎
医学部長
この名刺を二三度繰り返して読み直した私は、又....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
》ゆえ、本所へ屋敷替えを親父がして、普請の出来るまで、駿河台の太田姫稲荷の向う、
若林の屋敷を当分借りていたが、その屋敷は広くって、庭も大そうにて、隣に五六百坪の....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
話したとおり相当くつろいだ一夜でした。山崎の周ちゃんの店は渋谷から出る東横バスの
若林というところのすぐわきです。おりて、どこかしらとクルクル見まわしていたら、い....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
が御上京のときはもっとお弱りだったし暑かったし、私は林町へ引越しさわぎのときで、
若林の周ちゃんのところへトリをたっぷりもって行って皆でたべ、大変それでもよろこん....
「寄席と芝居と」より 著者:岡本綺堂
とおぼえている。速記術というものが次第に行なわれるようになって、三遊亭円朝口演、
若林|坩蔵速記の「怪談牡丹燈籠」が発行された。後には種々の製本が出来たが、最初に....
「塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
る冠詞の前席から。ギッシリ詰る大入は、誠に僥倖当り炭。俵の縁語に評さえ宜を。例の
若林先生が。火鉢にあらぬ得意の速記に。演舌るが儘を書取られしが。写るに速きは消炭....
「円朝花火」より 著者:正岡容
。 運には限りのあるもので、圓朝ほどの傑物も、まもなく本邦速記術の発達により、
若林|※蔵《かんぞう》、小相英太郎、今村次郎の速記をもって「牡丹燈籠《ぼたんどう....
「我が円朝研究」より 著者:正岡容
こに学ぶに足るもの多々ありといい切れる。 ことに圓朝の速記においては、そのころ
若林※蔵《わかばやしかんぞう》子を始めとして当時の速記界の第一流人が挺身、これに....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
あった。同時にこれより三、四年前に発明された速記術がその頃|漸く実際に応用されて
若林|※蔵の功労とを無視する事は出来ない。 かつまた美妙と二葉亭との文体は等し....
「明治の文学の開拓者」より 著者:内田魯庵
質』の終結した時より較やおくれて南伝馬町の稗史出版社(今の吉川弘文館の横町)から
若林※蔵氏の速記したのを出版したので、講談速記物の一番初めのものである。私は真実....
「皇海山紀行」より 著者:木暮理太郎
奉納 当山開祖 木林惟一」と記してあり、裏には明治二十六□七月二十一日参詣□沢山
若林五十五人と楽書がしてあったのみで、奉納の年月日は書いてなかった。余事ながらこ....